次の日の朝、すっかり通い慣れた教室の前で、左藤は深いため息をついていた。八時二十分。このドアを開ければ、確実に永瀬がいる時間だ。そんなことがわかるあたり、今さらながら付き合いの長さを感じてしまう。他にも、ご飯を食べるときはまず白米からだとか、後の席にプリントを回すときは必ず右側からだとか。この四年間で見つけたことは多い。
「しっかし、どんな顔して合えばいーんだよ……」
そんなものしるか、いつも通りにやってやる。とはとてもじゃないが言えない男である。おそらくは永瀬本人よりも頭を抱え、もやもやと悩んでいた。ただ悩んだからといって何か結論を出せたわけではない。考えるだけ考えて疲れて終わる、そういう男である。
諦めてそろりとドアを開けると、目の前にはドアにかけそびれた手を残したままの永瀬が立っていた。きょとんとしてから、一歩後ろに下がる。「お先にどうぞ」の意らしい。
「あの……えっと、おはよ永瀬」
逡巡したのちにそうっと声をかけると、永瀬は黙ったままにこりと笑った。
不敵笑いでも、バカにしたわらいでもなく、にこりと。
「……っ」
思わず一歩さがると、左藤がいつまでも入ってこないからか永瀬が先に廊下へ出た。なにくわぬ顔で。
「左藤ー? 何やってんだよ、入んねーの?」
教室からクラスメイトに呼ばれても、左藤の足はなかなか動かなかった。久しぶりに見た永瀬のの笑顔。最後に見たのはいつだったか。柔らかく細められた目が優しくて、あまりの懐かしさに口がしまらない。
「あいつ……」
いつもムスッとしてるから気付かなかっただけなのか、知らないうちにキレイになっていた。左藤はうっすらと染まった頬を撫でながらゆっくりと踏み出す。
やべぇぞ、これは。
左藤は心の中で一人焦った。
*
女子トイレの中、鏡とにらめっこしながら永瀬は独り言をこぼす。その手はむにむにと自分の頬をつまんでいた。
「んー、困った。普段めったに笑わないから変な顔になったかもなぁ。左藤もびっくりしてたし」
でもあのぎこちない態度の左藤に向かって、なんて話しかけていいかわからなかったんだもんな。仕方ない仕方ない。そもそも朝あんな形で会いさえしなければ心に余裕もあったのに。結論、あのタイミングで入ってくる左藤が悪いんだ。
永瀬脳内での考えはまたも素早く片付いた。
「……そーいや、なんでアタシってこんな無表情になったのかな」
記憶の片隅。理由があった気がする。
でもきっとたいしたことじゃないだろうと、トイレを後にした。
このあと教室で、永瀬は頬を染めた左藤に首をかしげることとなる。
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短いです、でもこれからずっとこの調子です(^^;
タイトルが先で、勢いでできたものだけど、思い入れはたくさん。
永瀬のような不思議っ子を書くのも珍しいのですが、永瀬なりにがんばっていく姿を書いてきたいです。
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