“今ヒマ?”
 受信メールをしばらく眺め、私は脚を組みなおした。
『今友達と本読んでるよ。何か用事?』
 それだけ打って送信ボタンを押す。
 さあ、続きを読もう。

 

『彼女様の憂鬱。』

 

「麻衣子さぁ……それでいいと思ってんの?」
「え…ダメなの? 犯人は執事であってると思うのに……」
 昼休み、教室のど真ん中、私と一緒に推理小説を覗き込んでた友人が深くため息をついた。とりあえず本を読むのを一度やめなさい、としかられる。
「誰もその本について話してないの。しかも執事は今までかなり影が薄かったんだから犯人じゃないでしょ」
「そりゃ影だって薄くなるさー。なんせ、あくまで執事ですから?」
「セバスるのやめなさいって。……話が逸れたじゃないの」
 由利は大げさに咳払いをした。じゃあもともと何の話だったかなぁと首をかしげる。胸元のリボンをいじりながら片手で本を閉じた。
「今のメール! 別の高校行ってる彼氏君だよね。麻衣子の父さんと同じ名前という、あの」
 一瞬きょとんとしてからうなずく。確かに自分の父親を呼び捨てにしてるみたいでいつも複雑な気持ちになるのだ。珍しい名前だってのに、なんでかぶるかな。
「何か用事? なんてかわいそうじゃない! もっと他に無いの、言うこと」
 由利を見つめてうーんと唸る。クセ毛の髪を指に絡ませ遊びながら考えた。そんなことを言われても、何か用事があるから連絡してくるもんじゃない?うん、結論が出た。
「仕方ない。だって私はそーいう奴だし」
 キッパリといってやると、由利がますます呆れた顔をした。しょうがないじゃないの。どうしようもないと思うけど……。
「……付き合ってんのに、随分冷たいなー。あたしとはこんなにラブラブなのに……彼氏君が哀れすぎて、ちょっと分けてあげたいくらいよ、麻衣子からの愛情」
 だって由利の方が周(あまね)より愛してるんだもんーと抱きつくと、「コラ、茶化すな」と怒りながらも抱きしめ返してくれた。
 彼氏がいる。それは多分幸せなこと。
 でもなんだか私にはまだまだ友情の方が大事に感じちゃうんだよね。
 ……まだ考えが子供ってことなのかな。

 

***

 

「……で、考えてみたんだけどさ」
「……話の流れから言ってあまり期待はしてないけど、何を?」
 久々のデート。やってきたカフェで周と向き合う。この間の由利との会話を話したあとのことだ。
「いや、だからね。私は周のどこが好きなのかなって」
 ストローを咥えていた周は思わす吹いてしまったらしい。フタ付き紙コップの中で派手な音がした。うわ、と思ったけど黙っておいた。今のは私が悪い。
「周が私のどこが好きなのかもわかんないけど、それはまぁ考えたってわかんないからさ。でも難しかったよー」
 ん、なんか周が暗い。暗い表情で私を見てるぞ。
「悩まねぇと、思いつかないか?」
「うん。悩んでも思いつかなかった」
「……あ、そ」
 完全に拗ねた様子の周が珍しくてしばらく観察してから、続きがあるんだけど、とすっかり下がっている肩を叩く。しょげた目で見られた。……ちょっと、可愛いかも。
「私さ、思うんだけどね。小さな子供がクマのぬいぐるみを大好きだとするじゃない。一番素直な頃の子供がね」
「……? あ、ああ。それで?」
「で、その子にそのぬいぐるみのどーいうとこが好き? どうして好き? って聞いても、答えられないと思うんだな」
「……は?」
 だからさー、と頭をかく。うまく説明できなくてもどかしいのはこっちなのに。
「本当に好きなものって、理由がハッキリしてるものじゃないんじゃないかな。こう……何、感じるもの? あー、もう、国語力がほしい。ちがう、日本語力? ああもう、わかんない」
日本語の難しさに疲れてくると、周が目をパチクリしてた。人の話し聞いてたのかなこいつは。
「つまり、あれなの。私は周のこと好きだなーって感じたの。そゆこと」
トントンと自分の小さな胸を手のひらで二、三度叩いてフンと息をついた。それで話は終わり、というつもりだ。
「……で? 何そのノーリアクション。失礼だなー。失礼だねー」
「あ、いや、すまん……てっきり、俺……」
 ぽかんとした顔のままの周をジッと見る。どこまで失礼な奴だろう。
(私に振られるとでも思ったか、ばか)
 そんな風に思われたことがなんだかつまらなくて、私は空っぽの紙コップを意味もなく傾けた。
「……周」
「お、おう」
 子供でも、よくわかっていなくても。好きって気持ちは本物だから。
 憂鬱を感じたら、仕返しをしてやろう。
「今日は一日、周のおごりね」
「………マジ?」

 

fin
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あーはーはー。彼女様だね。続編だね。
周くんが全然喋ってくれなかったー。あんまりときめいてるとこ書けなかったー(え
でも彼女様の悪戯な笑みにこっそりドキドキしててくれたら嬉しい

 

(2011/5/22 加筆修正)
沙久