何度か通った彼の部屋。ふかふかのベッドに腰掛けてて、顔を寄せられたから、後ろに逃げた。
『低温火傷〜君ガ花咲ク〜』
「ちは。……好き」
「なに、急に」
「好きだよ」
生哉(いくや)しか呼ばない、私のあだ名。千春の、“ちは”。
幼さの残る顔をぼんやりとした目で見上げると、宝物に触れるように、ふわりと柔らかく髪を撫でられた。細められた蜂蜜色の
瞳はどこまでも澄んでいて、綺麗だ。自分には少しだけ外国の血が入ってると、いつだったか生哉が言っていた。
私の大好きな甘い色。溶けた、蜂蜜。
「ちはが大好き。好き」
生哉の明るい声がいつもより近い距離で聞こえる。最近声変わりしたばかりの優しい音が、私を包むみたいに「すき」と繰り返す。太腿に感じた熱に気づき顔をそむけると、布団から慣れない香りがした。
うちのとは違う柔軟剤。生哉の部屋の、生哉のにおいだ。
「ねぇ、ちは。ちははどうなの? おれのこと好き?」
甘えるみたいに擦り寄ってくる様子は、まるで仔犬のようだ。こんなにガキで生意気なヤツなのに……優しい言葉で、手付きで、全部で「すき」って言ってくる。惜しみなく注がれる愛情に慣れていく自分が、それを手放せなくなりそうな自分が……少し、恐いくらいだった。
私の年下の恋人。私の生哉。
「ばかなこと言ってないで……どきなさいって。中学生のくせに、何する気」
「いじわる。答えてよー……」
ぎゅっと細い腕で、それでも力強く抱き締められたが、私はその肩をやんわりと押し返す。ふたりの間の距離が戻り、生哉の不満げな顔が見えた。
「ほんと、ばか。好きでもない奴に触らせるほど安くないわよ」
勢いに任せて薄い唇を生哉の右頬に押し当てる。一瞬きょとんとしたあと、生哉は花が咲くみたいに可愛らしく微笑んだんだ。
「も……むり。させて」
「こら、ちょ……っ」
耳元で低く囁かれ、びくりと体を震わすと、生哉は楽しそうな目で私を見つめた。ああ、とろりと溶ける。蜂蜜も、私も。
「ちは、あいしてる」
私が息を呑むのと、生哉がキスしてきたのは、ほとんど同時だった。
じわり、じわりと胸を焦がす。ただゆっくりと、確実に私を溶かしていく。
穏やかな熱に侵されるようなそれはまるで
低温火傷。
甘ったるいほどの愛に、生哉に。私はゆるく、火傷している。
fin
ちなみに、移転した2011年現在…優先順位の問題で未だ製作できておらずorz
(2011/5/29 加筆修正)