戦(いくさ)へと向かう兵士が、例え無事に戻ってこれたとしてもその腕(かいな)に抱(いだ)くことを許されない巫(かんなぎ)を想うことが……どうして滑稽と言えるだろうか。

 

『麗(うるわ)しき巫女の悲哀を』

 

「……何か、ご用ですか?」
神のおわします神殿を背に、冷たい風の中で艶を帯びた長い髪をなびかせ、巫女は馴染みの兵士を振り返った。まだ少女のような顔立ちをしている彼女は、きちんと着こんだ白い着物の袖の端を握りしめている。山の端から差し込む赤い夕日が彼女の表情を見えにくくしていた。兵士は、質の良いとは言えない兜を直し巫女を真っ直ぐに見つめた。
国では戦争が始まろうとしていた。隣国同士の醜い領土争い。民の嘆きや訴え、現状など何も知らない、若く無知な国王はただ怒りのままに兵を戦わせるだけだ。屈強な男たちもいれば、剣を手にしたこともないような農民たちもいる軍は、ここのところ満足な休みも与えられず鍛錬を命じられているのだ。このひょろりと背の高い兵士もその一人なのだが、時間を見つけては、平和な世であった時からの習慣を曲げぬために足しげく巫女のもとへと通っていた。く
「最期にあなたの顔を見ておきたかったのです……。もう、お会いできないかもしれませんから」
まぁ……と口元を押さえて彼女はそっと笑う。それは兵士のぎこちないものとは違い、優しく、柔らかいものだった。
「最後と言わず、またいらしてください。私は戦の勝利を願うわけではありません。たくさんの方が傷つき、神がその御心を痛めることにはかわりありませんから……。それでも、あなたの無事を祈りますわ。どうか、また顔を見せに来てください」
ゆっくりと言葉を紡ぐ巫女に、兵士は頼りなく細い腕を伸ばした。小さな体は抵抗も見せず簡単にその中に包まれた。咎める者は誰もいないこの場所で、ただ黙って、抱かれていた。
「……また、こうして会うことが出来たなら……その時は……!」
耳まで染め上げた兵士の胸を、巫女はやんわりと押し返す。
戸惑うような、うつむき恥じらうその仕草と裏腹に、巫女はきっぱりとした声で応えた。
「いいえ。……いいえ、私は神に仕える者。この身は昔神に捧げたのです。またお会いする日はきっとくるでしょう、ですが、あなたの腕におさまることはもうありません。決して、あってはならないのです」
儚げに微笑む巫女に、兵士は何も言えなかった。深く深く頭を下げ、明日の戦いのために巫女に背を向け歩き出した。

 

しかし、誰が知っているだろうか?
きっともう会えない背中に焦がれた巫女の涙を。

その想いを口にすることを許されなかった、麗しき巫女の悲哀を。

 

長い年月を経て戦は終わり、多くの兵が街に戻った。杯(さかずき)をかかげ勝利を喜んだ。
その中に、あの細い腕は無かったのだった。

 

fin
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もうちょっと年末っぽいのなかったんかい沙久←
でもこれお気に入りなんですよー。
前にもあった小難しい名前の題名のと似てるようですが内容は全っ然関係ないんですな(笑)
小説とかでよく見るこーゆー題やってみたかったんですよ。

 

(2011/2/13 加筆修正)
沙久