初めて見たとき、君はまだ幼かった。
私も子供だった。
君が好きで、大好きで、会いたくて。

 

『ユメナミダ〜月兎(つきうさぎ)が泣いている〜』

 

「ゆーくん」

 ふっと目を開けると、見覚えのある妙に懐かしい庭が広がっていた。薄暗くて、でも夜じゃなくて。静か過ぎる景色。俺は縁側に座っていた。
(なんで、こんなとこに……ここってもしかしてじいちゃんの家か? それに)
 どうして俺は、浴衣なんて着てるんだ?
「ゆーくん。聞いてるの? ねぇって」
「え? あ、あぁ……ごめんな、ぼーっとしてた」
 幼く甘ったるい声にハッと右隣を見ると、小学生くらいの年頃の、髪の長い女の子が俺を見上げていた。真っ白なワンピースを着たその子は大きな瞳をぱちくりとさせている。さっき俺を呼んだのもこの女の子なのだろう。
 俺は何の違和感もなく、どうしてだろうか、名前も知らない少女のことを昔なじみのように思えていた。
「君は、何をしてるんだ?」
 地面につかない足をゆらゆらとさせながら、縁側に浅く腰掛ける少女は、にこりと微笑むと俺の肩にもたれかかってきた。重みは全くなくて、目を向けるまで気づかなかったくらいだった。
「月を見てるのよ。月。ゆーくん知ってる? 月にはうさぎがいるの」
「餅をついてるんだろ? 知ってるよ」
 子供だなと思って笑うと、ちがうの、と高い声が悲しそうに言った。
「月にいるとね、下がよく見えるの。いろんな人、見えるの。でも月からは降りて来れないからね、見てるしかないんだよ」
 突然真剣な目をして俺を見つめてくるから、口を挟めなくなる。少女の瞳の色が深いコバルトブルーであることに、俺は今始めて気づいた。
「うさぎも恋をするよ。月の中でしかできない恋。さみしい恋」
 ついさっきまでの幼女は、瞬きのうちに女の人になっていた。俺と同い年くらいだ。胸の緩やかなふくらみが腕に当たる。
「だからうさぎは泣いてるの」
 くらくらする。意識がぼんやりして、目を開けてられない。俺、眠いのか……?

だんだん、彼女の声が、遠く。

「会えないから泣いてるのよ。ゆーくんに会いたくて、私――………」

 

 もう一度目を開いた時には、俺は自分の部屋のベッドの上に寝ていた。普段と変わらない。布団は床に落ちていて、肌寒さにぶるりと震える。
「夢……?」
 なんだったんだろうか。もう長いこと顔を出していない祖父の家、子供の頃のあだ名、夏祭りに着ていた浴衣。全て俺の記憶にあるものだ。それは間違いなかった。
 そして、あの子も知っている。どこかで会ったのではなく、名前を知ってるわけでもない。
 いつか見上げた空の中……確かに君はそこにいた。

 壁掛け時計を見上げると、深夜2時を回ったところだった。カチコチ、カチコチ。小さなはずの秒針の音が部屋中に響いている。目元がひんやりしているのに気づき指を伸ばすと、濡れていた。俺は泣いてたらしい。
(違う、これは……)
 横になったまますぐそばのカーテンを掴み、勢いよく引っ張った。高い高い、群青の空には、満月がぽつんとさみしく浮いていた。
 あぁ、これは、俺の涙じゃなくて。

 

月であの子が泣いている。

 

あのコバルトブルーは、今も俺を見つめているんだろうか。

 

fin
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不思議ちっくファンタジー的ちょいラブなストーリーであります。意味不です。タイトル前の言葉は少女目線です。
なんかまったく恋愛に関係ない、それでいてみんなに馴染みのあるものを恋愛っぽく書いてみたくて…うんごめん子供の夢は壊さないようにがんばったと思うんだ。努力はした、たぶん。
解説したいんですがかなり長くなる自信あるんで日記の方でしようかな…もしお暇があったらどうぞ。
ってか解説ないと厳しい話ですいませんでした;;

 

(2011/9/7 加筆修正)
沙久