扉を開けると、ほこりっぽい臭いがした。

 

『図書館迷宮〜君に迷い込む〜』

 

「……掃除、してないのかな」
歴史あるこの学校で一番古めかしい場所といえばここだろう。敷地の最奥にあるこの別館。古いレンガ造りの図書館だ。利用者の少なさが目立つが、膨大な量の本がここに眠っている。テスト前の勉強だとか宿題をするだとかではなく純粋に本のためだけの場所。本を置くための、いわば書庫と化している。光琉(ひかる)はこの長い歴史を持つ高校に入学したばかりで、今日は一人で図書館には探検に来ていた。光琉を迎えてくれたのは、窓から差し込む日差しと、無表情な本棚たちだけだった。人気(ひとけ)はないようだが、どこからか風でも入ってくるのだろうか。光に照らされた室内には埃がふわふわと舞っていた。
「誰もいないの……?変なの、図書館なのに。新しい図書室があるから先生とかも来ないのかな?」
足を踏み入れれば中は案の定広く、二階に続く階段さえ幅が広く大きい。上に上がると天窓があり、うっすらとした明るさを保たせるそれは、この空間をより神秘的に感じさせていた。なんだか好奇心を刺激され光琉は足をすすめた。カツン、カツンと、小気味の良い足音が響く。
「……?誰か、いたの?」
大きな棚を右に曲がってみると、他の場所と違い本がいくつか棚からこぼれていた。乱雑に積まれていたり、開いたままだったり、あまりきれいな状態ではない。光琉は本を追って歩き始めた。どこまで続いているんだろう。なぜこうなっているんだろう。そんな不安と期待が膨らんでいった。いくつかの棚と仕切りを曲がっていく。いくつめかの所で自然と歩みが止まった。
「男の、子……?」
本が続いている先にいたのは、大きな窓の下、壁にもたれかかって寝息を立てている少年だった。手には読みかけらしい本を持っている。光琉と同い年くらいだろうか。首にかかる長めの髪は栗色で、どこか少女めいた雰囲気がある。ここの生徒かと思ったが、彼が身につけているのは萌黄色の着物にカーキの袴だ。こんな格好など見たことがない。それに、なぜだかその和服は彼の容姿に異様なほど似合わない気がした。
「ん……?あれ、あんた……誰……」
光琉が動けずにいるうちに少年は不意に目を覚ました。開かれた、深い碧の瞳。
それをまっすぐにむけられてギクリとなる。
「わっわたしっ、えと、その……」
少年はクスリと笑うと、手に持っていた分厚い本をパタンと閉じた。勢いもつけずふわりと立ち上がる。並んでみれば光琉より若干背が高かった。
「……ようこそ、おれの図書館へ。お嬢さんは何をお探し?」
少年は、自分が散らかしたんだと笑いながら本をテキトウに拾い上げ、光琉を見た。固まってしまった彼女を上から下へと眺めていく。肩にかかる程度のまっすぐな光琉の黒髪。茶色のブレザーがここの学生であることを伝えていた。
「砂桜(さおう)学園の生徒……だよな。まぁこの敷地にいるんだから当たり前か。でも久々のお客さん。しばらく見ない間に制服も変わったんだね。俺としたことが、最初はわからなかったよ。さあ、探してる本があったら何でも言って!」
ミステリ? 恋愛? 少年はそう聞きながらさっき片付けたばかりの本をぽいぽいと棚から抜いて投げていく。光琉の言葉も待たず次々と様々なジャンルを引っ張り出していた。
「あ、あの……あなたは、生徒じゃないの……?どうして、和服を着てるの?」
やっとのことで口を開くと、少年はきょとんとしてから、またわずかに口元をゆるませた。忙しく動いていた手を止める。
「おれはもうここの生徒じゃないよ。卒業はしてないから微妙だけど、92年もたってるし生徒とはいえないだろ」
光琉は首をかしげた。なんのことだかさっぱりわからない、この少年は今“92年”と言った?どういう意味なのだろう。
「あんた、名前なんてーの?おれ藤原真彦(まひこ)。真実の“真”に彦根の“彦”で、まひこだよ」
「わたし光琉、長谷川光琉……。ねぇ、あなたハーフか何かなの?」
髪や瞳にあきらかに似合わない服装と名前から、片親は日本人なのだろう。良く見れば顔のつくりも日本人らしい。
「はーふ?おれ異人の血が入ってるけど、そのこと?」
栗色をつまんで苦笑いする少年は、どこか痛々しい表情をした。
「……あなた、不思議な人ね」
すると少年は、今は時代が違うからいいねと笑った。すると突然、同じくらいだった目線が高くなる。……少年が、浮いていた。
「おれ、幽霊だもん。存在自体が不思議だろ?大正の時代にここで死んだんだ」
それからずっと、この図書館にいるんだよ。少年はにこやかに言った。
「おれのこと見えるお客はほんと何年ぶりだろう。光琉、おれのことは真彦って呼んでよ。遊びに来てくれれば、おれいつでもここにいるから」
光琉はまた動けずにいた。何が起こっているんだろうか。

 

ただ、少年の瞳の深さに目を奪われていた。

 

fin
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小説フォルダの中に眠っていたのを引っ張り出してきました。
変なとこで終わってるけど、一応続きもあります。近いうちに載せますよー。
真彦、大好きです。“まさひこ”ではなく、“まひこ”、ね。
よくわかってはないけど、昔は「異人の子」は珍しくあまりいい扱いは受けてなかった、という感じです。
真彦と光琉のイラストかいてみたいなぁ…。

 

(2011/2/13 加筆修正)
沙久