こんなにも楽しくて、優しい時間。一緒に過ごす君は――……幽霊。
『図書館迷宮〜君に魅せられる〜』
「光琉(ひかる)っ! 今日は何を読む? 昨日見た小説の続き? 光琉が好きな恋愛モノ? なんでもそろってるからね。おれ全部用意できるから!」
少年は、歌うように言葉を続けながら、嬉しそうな顔をして宙を舞う。その不可思議な様子を見て苦笑いを返し、光琉はイスにゆっくりと腰を下ろした。
渋い色の袴の裾を揺らし、光琉を見つめる真彦(まひこ)の瞳は、今日も変わらずにキレイな深緑色をしている。
彼は長い長い、気の遠くなるような時間をこの利用者が無く古びた書庫――……図書館に、一人で過ごしてきたのだ。
「真彦、今日はお話しようよ。いつもわたしが本読み出すと真彦暇そうにしてるでしょ? だから、真彦のこといっぱい聞かせてほしいな」
真彦はピタリと止まると、恥ずかしいと言うように眉を寄せて降りてきた。ストンと地面に足をつけると、光琉の目をみる。しかし、すぐに袂をもじもじといじりながらうつむいてしまった。
「……おれは、かっこ悪いことしか話せないぞ……。あんまりいい子じゃなかったからさ。それよりおれ、光琉のこと聞きたい。おれ光琉が一年生で小説が大好きで国語が得意で不器用で優しいことしか知らないんだ」
光琉は困ってそっと笑うと、じゃあね、と返した。
「真彦は、どうしてこの図書館にずっといるの? ここが大好きだったの?」
真彦はサッと表情をかげらせた。いつも笑顔でいる彼にはとても珍しいことだっだ。光琉から少し距離を置くと、声を小さくする。
「……それを、言うと……光琉、おれを嫌いになるかもしれないから。言いたくないや」
しょげかえってしまった真彦に、ごめんねごめんねと謝りながら、光琉はそっと彼と出会った頃を思い出していた。もうあれから数ヶ月がたった。自分は今まで、何度ここに足を踏み入れただろう。何度、この可愛い幽霊と言葉を交わしただろう。それは本を読むため?……違う。
「真彦は……幽霊なんだよね。もう死んじゃってるんだよね……」
うん、と返事をした真彦に、光琉は微笑を返す。かすかに感じた痛みをごまかすように、優しく。
「じゃあ今日はわたしの友達の話をするね……」
真彦をまぶしそうに見つめる光琉の足元には、飛び散ったような茶色いシミが点々としていた。それは図書館の奥まで続いていて、やがてあの窓の下にたどり着く。2人が出会ったあの場所には、うっすらとシミが広がっているのだった。
あの惨劇を。
fin
(2011/5/31 加筆修正)