『夜と少女と帰り道』

 

『次は――駅……』
 何度目かわからない、駅員の独特な声音のアナウンスが車内に流れた。夜の電車は疲れきって帰路を急ぐ人が多いからだろうか、いつも乗る昼間と雰囲気が違う。奈央子は手元の文庫本からチラリと目線をあげてそう思った。
 そうやってさっきから他のことに意識がいってしまい、内容はろくに頭に入らない。新しい乗客に目を向け、景色を眺め、どこまで読んだかわからなくなるのだ。その繰り返しを何度したか奈央子にもわからなかった。
(……結局、何もなかった)
 そしていつの間にか、考えはここにたどり着いてしまう。
 ――……今日は、本当は別れ話をされるはずだった。
 そういう話題がのぼるようになった時は思っていたより傷ついたくせに、今朝は何事もなかったかのように顔を合わせた自分は 心底薄情で、酷い女だと思う。すでに気持ちが離れてしまっているのか、「仕方ない」と諦める悪癖のせいか、判断はできそうもなかった。
『――駅、――駅……』
 変わらず平たい声。また意識が余所へ行った。
(正直、つきあったりとか、向いてない)
 ほんの数年前の奈央子は、色々と夢を抱いた少女だったように思う。恋愛の甘い所だけを信じて、それでいて「今だけの愛」を許せない。自分を変えるものが嫌い。だが今大人になったかと言えば違うだろう。向いてない、などと逃げ道を探すズルさを覚えただけの、子供だ。
 自分の考えを伝えるのは苦手だった。それが今では億劫になった。そんな自分を彼がどう見ていたか? 呆れていたことだろう。自然と自嘲した。
(どうして何も言われなかったんだろう……)
 そう思ってから奈央子は目をきつく閉じた。彼のせいにすることではない。自分こそ、その話を避けていた。いつでもそうだ。
本当はやりたかったことも言いたかったこともあったくせに。普段の素直さや無邪気さなど彼の前では引っ込んで、決して顔をだそうとしない。だが案外冷めている素の自分を見せてしまうのはなんだか嫌で、結局こんがらがってしまうのだ。
(私は、あの人のこと、嫌い?)
 そうじゃない。そういうわけじゃない。奈央子は意味もなく首を小さく横に振った。向かいのサラリーマンが、一瞬こちらを見た気がした。
 一緒にいて楽しくて、いつも笑わせてくれて、時々優しい。そんな彼を好きになった。その気持ちに嘘はカケラもない。私は確かにそういう人が好きなのだ。
 けど、結局は奈央子は恋がしたかっただけなのではないか。今ではそう思うことがある。そんなことを彼に言う気にもなれず、友達にも聞かせるものではないだろう。奈央子は悩んでいた。綻びが小さいうちに綺麗に直してしまおうか。それとも、いっそ――……いや、それもどうせ自分からはできないのだ。
 変に飾ることを覚えてしまってから「あの頃に戻れたら」などと唄うのは、愚かだ。それでも奈央子は戻りたいと思う。彼が「彼氏」ではなかった時に。それをこうなったことへの後悔ではないと言い切ることは出来ないだろう。しかし後悔と決めることも出来ない。
 彼を嫌いになることはできないし、もらったたくさんの愛情を知っている。
 だから、どうしていいか、わからないのだ。
 もう一度目を開いた時には電車の中にほとんど人がいなかった。最寄り駅ももう近い。奈央子の家は田舎のような所にある。
 グダグダと瞑想ばかりしていて、結論など出はしなかった。自分の気持ちにも彼との関係にも。勇気のない奈央子は次に彼から その話がふられるのを、びくびくと待つしかないのだ。
「メール……した方がいいかな……」
 長い帰り道を共にした区間急行から降りると、奈央子はジーンズのポケットにねじ込んでした携帯電話を引っ張り出した。新着メール、無し。
 頭の中はすでにぐちゃぐちゃだ。今ケンカをしたくはない。だけど、いつかはハッキリとさせなくてはいけない。
奈央子は携帯電話をジッと見つめた。この期に及んで、直接決断を迫られたくない、メールや何かでアッサリと傷つかずに終わらせてしまいたいと逃げたがる自分がいた。嫌いじゃないから、切り出せない。好きじゃないのに、だらだらと繋がっていたくない。
 ……こんな馬鹿みたいな私を、早くふってしまえばいいのに、馬鹿な人。
 奈央子は口の端だけで笑うと、携帯電話を鞄にしまい小さな改札を抜けた。
 その真上では家屋に半分沈んでしまったオリオン座が悲しそうに、一つ、瞬いた。

 

fin
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長ぇ。いや短編としてはいいと思うんだが、実はこれ、昨日の夜眠れなかったんで布団の中でケータイで打ったんですよ。
パソコンにメールして改めて見たときに「え、こんなにたくさん書いてたん?!」とびっくり。
なんともグダグダとしてて、意味のない話で申し訳ない。たまにはいいかな、くらいの気持ちでした。
…暗いよなぁ(^^;
大丈夫ですよ、フィクションだもん。フィクションだから。

 

(2011/9/7 加筆修正)
沙久