「……どしたの」
「えと……ほら、もう行かないと電車きちゃうじゃない」
至近距離で、複雑な顔の俺と彼女。

 

『素直な彼女』

 

 何か問題があっただろうか。いや、そんなものはなかったはずだ。
 一緒に昼飯食って、午後には水族館デート。最後にはショッピングを楽しんできた。そして現在に至るわけだが……。
(ちゃんと付き合い始めてから充分な間を置いたつもりだったんだけど)
 人の目もない裏道。本当に何がいけなかったのか、寄せた唇を拒むように、彼女に深く俯かれてしまった。しかも、沈黙のあとに続いたのが「電車に間に合わない」なんてわざとらしいあの言葉だ。驚かせてしまっただけならもう一度挑戦もできただろう。だが彼女は俺を置いてさっさと駅への道を歩き始めていた。2人の初めてのキスは、あっけなく失敗したようだ。
 俺はこっそりため息をつくと彼女の小さな背中を追いかけた。
「今日は楽しかった?」
 大通りに出たところで、さっきのこととはできるだけ関係ない話題をやっと思いつき、前を向いたまま問いかける。しばらく待ってみたが、返事は返ってこなかった。何も黙りこまなくってもいいじゃないか。それでもやけに静かなのを不思議に思って、半歩後ろを歩く彼女を振り返る。
「……何よ」
 俺は思わず足を止めた。自分の目がちょっと信じられない。彼女も俺に合わせ止まると、顔を見られていることに気付いたようだった。
「だから、何……。そんな見ないでよ」
 不満げな視線を向けてくる彼女は、眉を寄せ口を尖らせながらも、頬を真っ赤に染めていたのだ。
「……お前。もしかして、さ」
「……ちがう」
「恥ずかしかっただけ……だったりする?」
 カーッと音が聞こえるんじゃないかって勢いで赤みが増していく彼女の顔を思う存分眺めてから、今度は熱をもった両頬を手のひらで包みこんで上を向かせた。しかめっ面も、わかって見ると照れた可愛らしい表情だ。惚れた欲目かもしれない。それでも構わない、可愛いのは事実だから。
「な、ちょ……こんなとこで……っ」
「誰も見てないって」
 視線をさ迷わせたあと、軽く睨みあげてくる。でも結局顔は赤いままだったし、最後には目を閉じてくれた。ギュッと力がこもった瞼が少し震えてる気がして、俺は愛おしさを感じながら、ゆっくりとファーストキスを味わった。

 

彼女が素直なのは、その表情だけ。

 

fin
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うん、なんか今沙久調子乗ってるんだと思います。
ちょっと釣ってこよう←
変換間違いじゃなく、いっそホントに釣ってこようかって気分。
近所に釣堀ないかしら。

 

(2011/5/22 加筆修正)
沙久