※突然冴の知り合いが出てきますが、彼は拍手小説「どきどきの理由」に登場しています。短編2の過去拍手小説置き場にあるので、先にそちらを読むことをお勧めします。

 

『Sweet Snow』

 

 おれ、真弓。真弓卓志(まゆみ たくし)っていうんだ。こんな苗字だけど立派に男の子。金髪赤メッシュな高校2年生、プチ不良少年だったりする。や、根はマジメなんだよ? たぶん。
「あー……だりーな……」
 今日は友達とカラオケに行くはずだったのに、相手に急用が入って楽しいはずの休日が暇になった。それもおれが家出てから連絡してきたもんだから、意味もなく街をぶらつく羽目になったわけで。
(せっかくだからどっか店でも入るかな)
 そう思ってフラりと右側へ寄ったら、後ろを歩いてた人に思い切りぶつかってしまった。
「あ、すんません。……?」
 チラッと見たその女の人の顔がやけに見覚えがあった。動かないおれを不思議に思ったのか、その人もこっちを見ている。
「……真弓?」
「まさか……ユキ?」  ユキだ。中学時代の親友の雪村冴だ!
 ケータイを持ったのが高校からだったせいで、アドレスを交換することもできずに連絡ができないままだったユキが、すごい偶然で目の前にいるんだ。家は知らないし今までこうして会うこともなかったしで、本当に久ぶり。小さく互いの名を呼んでから、偶然の再会に息をのんだ。
 だって彼女は、おれの初恋の――……
「うそっホントに真弓?! 身長伸びてるっ、てか髪の色も変わってんじゃんー!」
 相変わらず元気が良くて嬉しそうに笑うユキが可愛くて、おれも笑い返した。
「すっげ偶然だな! ユキ今暇? どうせならどっか入って話そうよ」
 買い物の帰りだから全然構わない、とユキはピースサインを作った。

 

 

 喫茶店の淡い光の下で向き合って見たユキは、あの頃よりずっとキレイになってた。髪が少し短くなって、顔が大人びて。美人さんだ。
「ユキ、女の子っぽくなったみたい」
 ぽつりとそう言うと、ユキはきょとんとした。その表情は変わらないな。おれ、好き。
「お、女の子っぽい……? 全然だよ、最近まで言葉遣いとかもよく注意されてたくらい」
「何言ってんの。中学の時なんて男そのものの口調だったよ? いつ“俺”って言いだすかとハラハラしてたんだから」
「……私そんなにひどかった?」
 苦笑いの問いに深く頷いてやる。親友だからね、当時のユキのことは誰よりも知ってる自信がある。男の子じゃ知り得ないことまで相談された経験は今でも赤面ものだけど……。いやもう、誰があんなこと異性に話すのっ! おかげでおれってばユキのお月さんのタイミング把握できちゃってたからね?!
「お待たせしましたー、アイスティーとチョコバナナパフェでよろしかったでしょうかー?」
 独特な言い回しをする店員は、確認したわりには返事も待たずに引っ込んでいった。おれの前にアイスティー、ユキの前にパフェを置いて。
「真弓は中身なんも変わんないね。やっぱ甘党のままだ」
 女の子のユキなんかよりずっと甘味大好きなおれは、冷えたグラスを押しやってパフェにありついた。昔はよく一人でクレープとかかわいいもんを買うのが恥ずかしくて、ユキに付き合ってもらったなぁ。
「うまいよ、ユキも食べる?」
 幼い自分たちがよくやっていたのが癖になってるらしく、自然とスプーンを差し出す。だけどユキはちょっと考える仕草をしてから「私はいいや」と手を軽く振った。
「でも真弓、ホント幸せそうに食べるよな……見てるこっちが嬉しくなっちゃう。……なんかちょっと、類くんみたい」
「……ルイくんって誰」
 突然出てきた名前にムッとなる。男だよな、それ。しかもユキってば無自覚で言ってたみたいで、何度か瞬きしたあとに頬を赤らめたんだ。
「なに……ユキ、好きな人いるんだ?」
「好きな人って言うか、その……」
 彼氏なの。真っ赤になったユキが呟いた言葉に、おれはガンと頭を殴られた気分だった。じゃあ、ユキを女の子っぽく変えたのもソイツ? 言葉遣いを注意したのもソイツ? キレイで可愛くなったユキは好きだけど、そんなのっておもしろくない。
「年上でさ。真弓みたいに甘党で――……」
「もうシたの?」
「……は? 何を?」
「察しなよ、子供じゃないんだから」
 スプーンをくわえたまま冷めた口調で言ってやる。ユキの方を見ると、これ以上ないってくらい赤面して全力で首を左右に振った。ユキ、いつまでもおれがウブだとか思わないでよね。でもできればユキはそのままでいて。
「あー、わかったわかった。良かった、おれのユキが汚されてなくて!」
 いつものように冗談っぽく笑ってみせる。ふざけすぎ!! ってユキが怒ってるけどかわいいから気にしない。それに、実際は真剣そのものだからね、おれ。
「それよりユキ? それ飲まないと氷どんどん溶けてるよ」
ツンとした顔のままグラスに手を伸ばすユキ。でも、目測を誤ったのか……
 バシャッ
 中身が半分ほどだったとはいえ、アイスティー入りグラスを倒しちゃった。店員がサッとやってきて机を拭く。そしてやっぱり返事を待たない「大丈夫ですかー」を残してさっさと引っ込んでいった。
「スカートにかかっちゃった……」
「ユキ、動揺しすぎだよ」
「真弓のせいだろ! もう……ちょっと洗ってくるから」
 カバンの奥に入り込んでしまっているのか、ケータイやらポーチやらを机に並べてようやく出てきたハンカチを握りユキは御手洗いに入っていった。
 ため息が出る。
(ユキに、彼氏……)
 男らしさのせいで敬遠されがちだったけど、ユキは元々美人だ。放っておく方がおかしい。それはわかる。でも自分の気持ちを自覚するのがもう少し早ければ、ユキの隣はおれだけのものだったはずなのに。
 ぼんやりと考えていると、不意に着信がなった。おれのじゃない……ユキだ。どうしようかと迷ってからそろりと手に取ると、閉じられたケータイの小さな窓に「類くん」と表示されてた。ごくり、と音を立てて唾が喉を通っていった。ユキはまだ戻ってきそうにない。
 おれはそうっとケータイを開き通話ボタンを押してみた。
『もしもし、冴ちゃん?』
 優しい声。愛しむような呼び掛けにカチンときた。おれだって呼んだことない、ユキの名前。
『……冴ちゃん?』
「あんたがルイくんってやつなわけ?」
 電話の向こうでソイツが身をかたくしてることが容易に想像できる。まぁ、彼女のケータイにいきなり男が出たらそうなるよな。
「ユキは、雪村は今席を外してるよ。おれはユキの中学の同級生、兼、親友。あんたなんかよりずーっとユキのこと知ってる……ね」
『……冴ちゃんはどうしたんだ』
「手洗い。すぐ戻ってくるからそう怒んないでくれる? おれはあんたと話がしてみたいんだからさ。……おれのだったユキをかっさらってくれちゃったんだし」
 相手はかなり警戒してるみたいだった。おれは構わず続ける。
「おれさ、自覚なかったけど、中学ん時からユキのこと大好きだったんだよね。優しくて可愛くて……今日再会できてチャンスだと思ったのに、何? あんた。ユキのことろくに知らないくせに」
 イライラをぶつけてるだけだってわかってる。だけど言えば言うほどムカつきは増すばかりだった。
「なんか言ったらどうなの? なぁ……」
『オレは、中学生の冴ちゃんを知らない。だけど今の彼女のことなら、少なくとも君よりは知ってるよ』
 だって、今日久々に再会したばかりなんだろう? なんて言われたもんだから、少し怯んでしまった。
『君がいくら冴ちゃんを好きでも。オレはあの子を手放す気はない』
「……おれだって諦めないからな。アドも交換したし! ……でも、ユキがあんたのことすっげ好きだってのは、あいつの顔でわかっちゃった」
 小さな本音が零れ出た。“類くんみたい”って言った時のユキの嬉しそうな表情には勝てそうもない。
「いまに見てろ。ユキがおれに振り向くくらい良い男になって――……」
「……おいコラ真弓。人のケータイで何やってんの」
 驚きすぎて勢いよく電話を切った。ヤバイ心臓全力疾走。ユキの声が格段に低い。
「ま、間違い電話……だった、よ?」
「まずなんでそれに勝手に出るかな」
「急ぎの用かと……あーもうごめんユキ許して!!」
 やましいことはしてません! って頭を下げると、ユキのため息が聞こえた。
「なんだかんだで真弓は悪い事できない奴だとはわかってるよ……変わったのも見た目くらいみたいだし。次やったら殴るから。それだけ覚えとけっ」
「わかった、わかったから一つお願いがあるんだけど……」
 そこまで信用されてることに若干良心も痛むけど、おれとしては大事な問題だ。少しでもリードしておかないと望みがなくなってしまう。
「おれのこと、真弓じゃなくて名前で呼んで?」
 わざと小首を傾げてぶりっこしてみる。ユキは目をパチパチとさせていた。
「……私だけ? 真弓は?」
「おれは照れくさいからいいの。でも長い付き合いだし、ユキには呼ばれたいなーなんて」
 恥ずかしいのは悔しいけどホントだ。正直ユキのこと“冴”なんて呼べない。できるならとっくにやってるってね。でもあいつは君づけだから、おれは呼び捨てにしてほしかった。
「名前かぁ……あ、ごめん電話だ。もしもし……類くん? ごめん今人と会って……え? さっきも電話くれたの?」
 二言三言話してからユキはケータイを閉じておれを見た。まずい。こんなに早くバレるとは……。頬を引きつらせるおれと対照的に、ユキがにっこりと微笑んだ。
「真弓〜? 何が間違い電話だって?」
「あ、いや、その……っ」
「黙んなさい!! 電話類くんじゃないのよバカ卓志ー!!」
 ものすごく自然に呼ばれた名前に、どきっとしてしまった。ユキは何てことないような顔して「今日はあんたのおごり決定っ」なんて怒ってるけど、どうしてユキは平気なんだろう。
(おればっか、どきどきしてる……)
 ああもう、これじゃ中学ん時と何にも変わらない。
「こら、置いてくよ卓志」
 早々と荷物をまとめて立ち上がるユキを見上げて、おれは小さく息をついた。

 なんて手強い女の子を好きになっちゃったんだろう、おれ。
 人の気も知らずに肩越しにこっちを振り返るユキは、やっぱり可愛かった。

 

fin
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霜月佐織さんに捧げたお祝い小説でしたー。意外と長かったね!(ぇ
しかし、男前ゼリフを吐いてくれたはずの類くん。しっかり冴に告げ口してんじゃんよ(笑)
そしてハイ何人読んでるかわからん拍手小説でしか出てきてないキャラが主役☆\(^p^)/
真弓が語りだと緊張感なくていいよね…(え
成長はしても結局は中身は可愛いままの真弓くん。
もしまだ読んでない方はぜひ過去拍手小説置き場にある「どきどきの理由」をごらんくだされ。

 

(2011/9/12 加筆修正)
沙久