あの子の愛は5㎜

 

「……本当に可愛くないな、君は」
「部長に可愛いとか思われても迷惑ですから」
数少ない文芸部員の一人、寿美(かずみ)と、学校一無愛想と言われる直人(なおと)はいつもこの調子であった。
 
 
『あの子の愛は5㎜』
 
 
 
 
「……どうしてこんなに暇なのかな」
部室に積まれた書類の山に雑にはたきをかけながら、赤阪寿美は呟いた。時折思い出したようにショートヘアに左手をやっている。彼女の癖のようだった。
高校における文芸部の活動はそう活発なものではない。部室が狭ければ部員も少ない、寿美の在籍するこの部も例外ではなかった。受験を早々に終わらせ、授業も減ってきているはずなのになぜか毎日やってくる部長の関直人、素直だがどうも容量の悪い1年の風間夕起(ゆき)、紅一点で2年の寿美、この3人だけではそれも仕方がないことだ。下手をすれば廃部を言い渡される人数である。それでも、教室を仕切りで分けたうちの半分である小さな部室は、過去に歴代部員たちが発行した部誌や印刷用の紙、大量の印刷ミスプリント、あとは使用目的のわからない紙の束と未提出という紙の山に埋め尽くされていた。部員のいない所には代わりに紙があるといった状態なのだ。単純に、何年も前から整頓をせずに放置した結果なのであるが。そのため会話をするにも相手の顔と一緒に山が視界に入らないことはなかった。
「暇だ暇だとぼやきながらも掃除をするとは感心だね、赤阪。ついでにその辺のゴミの処分もしておいてくれないか?いい加減邪魔なんだ」
「自分で溜め込んでおいてなんですか。捨てようとしたらアレは駄目それも駄目って妨害するんだから、自分で仕分けてどうにかしてください」
火花を散らす二人を、間に挟まれた夕起が苦笑いで眺めていた。入部した当初は両者をなだめようと必死であったが、今では止めるだけ無駄だと諦めている。手元には宿題らしいプリントが広げられているが、すでに終わっているようだった。
「先輩たちって、息も合ってるし良いコンビだと思うのに…どうしてそう普段の会話がケンカっぽいんでしょうね。もうちょっと仲良くできませんか?」
「心優しいゆき君の曇りなき目もついにおかしくなったね。いい? 私、ゆき君には優しいでしょ。それは君がいい子だから。つまり私が部長と仲が悪いのは向こうの感じ悪いからなの」
「すべて俺のせいとは心外だな。それに仲違いしているつもりはないのだが」
少し離れた所から、大きな咳払いと共に口をはさんだ直人に、寿美は呆れたように顔を向ける。丸みを帯びた二重の目を半分にしていると、再び直人が咳払いをした。眼鏡が光を反射して中身が見えない。度のきついそれはえらく分厚かった。
「どの口がそれを言うんですか……いっつも部長が突っかかる言い方するんでしょう?! そうじゃなかったら、私だってもうちょっと……っ」
「なんだ? 夕起にするみたいに優しくしてくれるのか?」
「……っ! 知りません!!」
嫌味な微笑に、寿美の表情が一気に不機嫌なものになった。
二人を余所に夕起が「確かに僕には優しいですよね……」と、どこか嬉しそうに呟いたが、誰も聞いてはいなかった。
 
 
***
 
 
その日の帰り道、何気なく立ち寄った大型スーパーで寿美は口元を引きつらせていた。
「す、スーパーでこの熱気とは……」
いつの間にか始まっていたバレンタイン特集で一画に並べられた大量のチョコレートに、幅広い年齢層の女性たちが真剣な面持ちで群がっている。その光景は買う気などなくても思わず目がいくものだった。中には恥ずかしそうに頬染めて真剣に選ぶ可愛らしい中学生の姿もあった。あんな頃もあったのだな、と微笑ましく思えた。今では送る相手すら……。
「そうだ……ゆき君にあげてみようかな?せっかくだし」
独り言を呟きながら輪に近づいていく。その時、ふと直人の顔が浮かんだ。嫌味っぽく、愛想がなく、顔を見せるのに仕事はしない部長。夕起にあげるならば彼にも渡すべきだろうか?去年のバレンタインはそんなイベントなどないに等しい一日で終わったが、付き合いも2年になるのだ。
(……でも、なんかあの人にあげるのは癪。調子に乗らせたくない。というか下手に出るみたいで納得いかないわ……)
夕起用の青い包みの可愛いチョコだけを手にとって、寿美は踵を返した。
 
しかしそのあと、レジ前に置かれた薄いチョコの山に目が留まったのである。
 
 
 
 
 
「ゆき君、ハッピー・義理・バレンタイン。手作りじゃなくてごめんね」
「ぎ……いや、ありがとうございます! トリュフですか? うまそう……!」
14日は金曜日だった。いつものように部室に顔を出している直人を通り越して、夕起に渡された小さな箱を見つめる視線がある。先に気付いたのは夕起だ。
「あの、かずみ先輩。義理だったら部長にも……?」
見ると、直人がわざとらしくこちらを見ながら、山が雪崩を起こすのを予防するためにさらに横に積んでいる分厚い本を引き寄せたり戻したりと遊んでいる。寿美はその様子を冷たく一瞥すると、自身の傍の机に置かれていた書類の束をひっつかんで直人の前に立った。半ばにらみつけるように目を合わせると、顎を上げ、なだらかな胸を反らし、束を本の上に叩きつけた。あまりにも勢いがあったため、直人の長い前髪が風で舞い上がった。
「部長にはこれで十分ですよね?っていうか、先輩が領収書さっさと出さないせいでこれ締め切りギリギリなのに提出できてないんです、あとは部長がどうにかしてください。むしろどうにかしろ」
口元だけの笑みで一息に言うと、すぐに背を向け夕起の隣に座った。何とも言えない沈黙が流れる。直人は肩をすくめてみせ、やれやれとでも言いたげに束に手をかけた。面倒そうにめくっていき、厚い束の真ん中あたりでぴたりと手を止める。
「……赤阪」
それを食い入るように見つめながら直人が口を開いた。
「うるさいです」
「なかなか粋なことしてくれるじゃないか」
「だからうるさいですよ、耳でも遠くなりましたか」
書類の束の間からそれを摘みあげると、直人は細い目をさらに細めた。満足そうに眺めている。どこから見ても同じだろうに、手首を回すようにして色んな角度へ視線を注いだ。
「あいにく聴力には自信があってね。しかし一般的な女子は普通、既製にしろ手作りにしろ調理済みのものを渡すんじゃないのかな?」
直人の手にあるのは薄い板チョコだった。この時期になると手作りチョコの材料用に安売りされる、有名製菓メーカーのロゴが入ったお馴染みのものだ。茶色い包みもそのままに、ラッピングすらされていない。チョコから目線を移され、寿美は困ったように短い髪を触った。
「一人だけないのはすっごく! かわいそう!! ……って、思って。仕方がないから買ってきたんですけど。義理といえども、部長への愛の厚みは5ミリが限界でした。なんか文句ありますか」
「へぇ? さみしいじゃないか、義理だなんて。でもね赤阪、初めてもらったこの厚さ5ミリの義理チョコにはそれなりに愛が詰まっていると見たよ」
「どうしよう馬鹿がいる……どこに通報したらいいのかな」
「照れるなよ。落ち着かない時に髪を触る癖、知らないとでも?」
卒業してからも赤阪のために来てやってもいいよ、と楽しそうに笑う直人の横で、寿美は怒ったように口を開かず余所を見ていた。眉間にしわを寄せ、左手を右で押さえつけるようにして。
「別に好きじゃないのに……義理だっつってんのに……」
不満げな呟きは聞き入れられることはなく独り言に終わった。それまで黙っていた夕起は真逆の反応を見せる二人に交互に目をやると、溜息をひとつ吐き、
「僕は厚みよりも、愛がほしかったな……」
いつもの苦笑いを浮かべながらのその言葉には、寿美が首を傾げ、支えを失っていた書類山がついに崩れただけだった。
 
 
 
fin
………………………・
 
思いがけず長くなったうえに…
こんなにもラブくないバレンタイン小話は 初 め て だ \(^p^)/ワフォイ
いやぁ、なにこのツンデレ部長…コージに報告しないと…←
部活の男子へのチョコってのは、仲が良いほど悩むもんだよねーって思ったという懐かしい思い出も含みつつ。
先輩への淡い恋心に気づいてもらえなかった脇役・夕起はなにげに気に入ってますww
 
今年のバレンタイン、春休みだから女の子にすらあげるかどうか妖しい沙久でした☆←
オトコノコてなあn(ry
 
 
沙久
 
 

戻る