幼馴染なんだしさ。 やっぱり心配なんだよ。 何がって、お前が嫁にいけるかに決まってんだろ。

 

『オカンシリーズ3「花嫁修業withオカン」』

 

「……と、いうわけでだな、なつみ。お前ももう二十歳なんだから、多少は家のことをできるようにしろ」
 実家が隣同士、一人暮らしを始めたアパートでも隣人という腐れ縁ともいえよう幼馴染を部屋に招き、俺はいつもより真面目に話をしていた。昨日の夜コイツの母親から電話で頼まれたというのは秘密で。

“あの子、家でもちっとも手伝いなんてしないのよ。今でもいつも圭介くんを頼ってるんですってね? もうごめんなさいね。でも圭介くんは男の子なのになんでもできてすごいわぁ。そうだわ、ねえあの子に料理とかお裁縫とか、教えてやってもらえないかしら。こんなこと圭介くんにしか頼めないのよー。え? あたし? ダメよぉ、あたしは不器用だものねぇ…”

 一人延々と話し続けられすっかり疲れてしまったのも事実だが、コイツは確かに家事が何もできない。
 お世辞にもできるとはいえない。
 そこで仕方なく俺の主夫技を伝授してやることにしたのだ。……決して変換ミスではないからな。「夫」には俺の意地が込められている。
「……めんどくさーい。いつも圭介がやってくれてるじゃん、なんで今になってそんなこと……」
「お前なぁ……俺もお前もいつかは恋人ができて、結婚とかするかもしれないんだぞ? いつまでも俺に任せてていいと思うな。そうじゃなくても俺が突然引っ越したりしたらどうする」
 さすがに言い返せずにムッとしたまま黙ってしまったなつみにため息をつくと、俺は立ち上がり、使い込んである黒のエプロンをなつみに渡した。肌寒くなってきた今の季節、エプロンをつけることによって以前のように危険な状況になる事は無い。
「圭介のケチ。意地悪。オカン」
 なんとでも言え、というつもりだった。だけど最後のはなんだ。
 オカンってのは悪口なのか?
 お前は今まで悪口のつもりでオカン連発してたのかコラ。
「あ、オカンの顔が怒ってる。ごめんごめん、仕方が無いから特訓に参加してあげる、機嫌直して」
「お・ま・え・な・ぁ……」
 イラッとくるのを必死で堪える。あー、なんで俺こんなやつのために……。
「で、何すればいいの? 大根ある?」
 少しサイズが大きいエプロンを、もぞもぞと着けながらこてんと首を傾ける。そういう仕草はどうもまだ幼く感じた。もうすっかり大人だっていうのに俺にとっては子供のようだ。
「大根はつかわねぇよ。もと小さい……そうだな、ニンジンとか、その辺りからだ。……簡単だしカレーにでもすっかな」
 ふーんと言いながら冷蔵庫を勝手に物色する後姿を眺めながら、まぁどうにかなるだろうと思っていた。思っていたんだ。

 

「……ホント、お前は期待を裏切ってくれるよな。なに笑ってんだよ、悪い意味で以外にありえねぇだろ」 「あれー、なんでこうなったんだろうね。圭介なんかした?」
 いやいや、これはお前一人の作品だ。この確実にカレー以外の何かであろう液体は。
 何が起こったというのだろう。途中までは良かったはずだ。不器用すぎる手付きで大きさもバラバラな野菜たちを鍋に突っ込んだ辺りまではマシだった。ちょっとトイレに行って、手を洗ってメールを確認してから戻ってみればそこには……
ねっとりととろみがつきゴポゴポと泡立って少し魚のにおいを漂わせた赤褐色のモノを楽しそうに掻き混ぜているなつみがいたのだ。
ねぇ。それ食えんの?
「ちょっとアレンジしてみようかと思ってさ、冷蔵庫の中に入ってたキムチとか鮭とかレモンとかチョコレートとかその他色々エトセトラを鍋に」
待て頼むそれ以上言うな俺が悪かった。……修復できる気がしねぇな、今夜はなんか別のもん作るか……」
 深くため息をついて振り返ると、さすがにどうしていいかわからないといった様子のなつみが苦笑いしていた。コイツはこういうとき焦りすぎて笑っちまうから、割と誤解されやすい。でもただ軽いパニック状態なだけなんだ。
(やっぱり、付き合いの長さを感じるよなー……)
 なんだか叱る気にもなれず、細い肩をポンと叩く。大きな瞳が俺を見上げた。
「……怒ってる?」
「……怒った。だから代わりに一つ手伝え」
 目をぱちくりさせるなつみに、奥の浴室を指差した。脱衣所もないが小さいながらも浴槽もあるお気に入りの場所だ。
「俺が夕飯何とかしておくから今日はとりあえず風呂洗いしてこい。お前、それさえもほとんど俺にやらせてるだろ?」
 ニッと笑ってやるとなつみも笑った。見慣れた明るい表情。
「よし、じゃあ圭介のためにピカピカにしてあげるか!」
 トタトタと足音を立てて歩いていくなつみを見送る。まあ、やっぱりコイツはこうなんだよな。どうしようもなく頼りなく本当に何もできないのに……いや、だからだろうか、どうにも放っておけない気がする。俺の方が逆に世話を焼くクセがついちまいそうだ。
(一人立ちさせないといけねぇのに、どうすんだ)
 自分自身に呆れていると、不意にガターンと大きな音「ひやあぁああぁ!!」……それから悲鳴が聞こえてきた。あぁ……そうだ。やっぱりコイツは、こうなんだ。
「……なつみー?」
 一応声をかけてみる。
「けいすけー……洗い終わったけどその後シャワーが暴走しましたー。びしょ濡れであります……」
「……あー、もういいから、とりあえずでて来い。その辺にある服テキトウに着ていいから……」
 脱衣所が無いため慌てて背中を向ける。振り向いてはならん。ならんぞ俺。
 雑念を払うため新しいニンジンを取り出し包丁を握った。さて、何を作ろうか。
「ねぇ圭介ー」
 脱いだ服をぎゅっと絞る音がする。脚に張り付くジーンスを脱ごうとして「えい」とか「とりゃ」とか声が聞こえる。こっち見ないでねと念押しされた後にはしゅるりと衣擦れの音。なんだこれ、試されてんのか俺は。
「もう着替えたよ。シャツ借りたからね。あと思ったんだけどさー正直アレだよ、私らが結婚しちゃえば問題ないじゃん。そうすればずっと圭介に面倒見てもらえるし」
「はあっ?!! おま、何言って……」
 驚きのままにガバリと振り返る。俺は自分の眼を疑った。今、俺の目の前で何が起こっているんだろう。とにかく包丁をまな板の上に置き、深呼吸をしてからもう一度見てみたがさっきと変わらなかった。
「なん……っつー……格好してんだ……っ?!」
「何その顔……Yシャツ借りただけじゃんか。あ、ズボンはでかすぎて諦めたの。ちゃんとパンツははいてるから大丈夫だって」
「なんっにも大丈夫じゃねぇ!!」
 脚を惜しげもなくさらしてんのはいつものことではある。でもさすがにこれはヤバイだろ……!
「ちょ、圭介?! 鼻、鼻!! どしたのいったいっ」
 何たる不覚……なんて言ってる場合じゃねぇ!
 俺は慌ててなつみに背を向けとりあえずトイレに駆け込んで閉じこもった。一度冷静にならなくては……っ。
「……圭介ー? 大丈夫? なんでトイレ……あ、そっかトイレットペーパーで対処するためか」
 扉の向こうののんきな声に呆れ帰りながら、俺はずるずるとその場に座り込んでしまった。
(鼻血なんて……何年ぶりだ……)
 心底情けない気持ちになりつつ鼻をぬぐう。

 

あぁ、ドアを開けるのが恐い。

 

もう風呂掃除なんて絶対やらせるものかと、俺は固く誓ったのだった。

 

fin
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あっははは。帰ってきた久しきオカン。この話だけは文字サイズで遊んで良いという自分ルール。
リクエストとはいえやっちまった感溢れるYシャツネタ…こんなものになっちまってなんだかすいませんorz
あんまり書かなかったけど、なつみはかなり危うい格好してますからねー…マジで素肌に着てるし。この最強無自覚っ子め。放置危険。
そしてシリーズも3作目となりようやくオカンもなつみを放っておけない自分に自覚がでてきて。
彼は「エプロン」よりも「Yシャツ」に萌えることが判明いたしました(えぇ

いまさらだけど秋津さんの目にこのシリーズが止まったのって、このタイトルが猿飛佐s『あはー、俺様がなんだって?沙久ちゃーん(にこにこ)』…いいえ誰もオカンという単語が君を思わせるからだなんて言ってないヨ。

最後に一言、圭介は決して乙男ではない。あくまでオカンなのだ!!←

 

(2011/5/29 加筆修正)
沙久