『穏やかな一時間三十分(保×冴)』

 

「ねぇ工藤、すっごくヒマ。アンタもでしょ?なんかしよー」 数学準備室でいつものようにパソコンと向かい合っていた俺に突然かけられた言葉は、なんとも勝手なものだった。顔をあげずともわかる、俺のクラスの雪村冴以外ありえない。教師をなんだと思ってやがる。
「俺が仕事をしてないように見えんのかお前は。大体夏休みに学校に来てるんだからなんか用事あんだろ? 文化祭の準備とか、部活とか……」
手を止めて深くため息をついてからコーヒーをすすった。雪村は部屋に俺の他に誰もいなかったからか、隣にあったイスに腰を下ろし脚をバタつかせた。年季の入った古いイスが悲鳴を上げる。
「何言ってんの、補習に決まってんじゃん。文化祭はウチのクラス模擬店だし私部活入ってないし」
「……あぁ、そういえば今年はお前スレスレで数学の補習は免れてたな……チッ」
「あ、今舌打ちしやがった……工藤のクセに。その数学の補習が無いせいで次のまで一時間半もヒマなんだよ」
俺のマグカップに勝手に手を伸ばしコーヒーを飲むと、雪村は面倒そうにあくびをした。…今、次のって言ったか?
「……雪村、お前いったい何教科赤点だったんだ」
「ん? 古典と現社と……生物と世界史だから、四教科? 今日は古典の補習と絶対参加って言われてる日本史の講習があんの。で、さっき古典は終わったから次まで時間あるわけ」
「堂々と言えたことじゃないな……」
コイツに危機感というものは一切無いらしい。進級に不安を感じた去年の冬を思い出し、今年は勘弁してほしいなと皺の寄る眉間を人差し指で押し揉んだ。その仕草を雪村がジッと見ていることに気づき、手を止める。
「……なんだよ?」
「工藤……疲れてんの? 忙しい?」
「当たり前だろーが。高校教師舐めてんなよ」
急につまらなそうに俺から目をそらし立ち上がる。とぼとぼといった様子で部屋を出て行こうとする背中がどうにもかわいそうに思えて、俺は思わす声をかけた。
「おい、どうしたんだよ。ヒマなんだろ?」
ピタリと足を止め肩越しに少しだけ振り向くと、雪村は小さな声で言った。
「永瀬もいないし、工藤しか話す人いないと思ったんだけど。……忙しいなら帰る。教室に」
不満げな声であるのに、その表情はさみしそうで。
「雪村。お前さ……人のコーヒー飲むなよな」
「……何、今さら。さっきは何も言わなかったじゃん」
聞けよ、と目だけで制してから俺は立ち上がって後ろにある棚から白のマグカップを取り出した。予備で置いてある客用のものだ。
「飲むなら、ちゃんと自分の分を飲め」
ミニ冷蔵庫にしまってあったペットボトルからコーヒーを注ぐ。……俺が家で作ってきたんじゃねぇぞ。最初からコーヒーが入ってる、そういう商品だからな。
ほら、と差し出してやると驚いたような顔をしながら雪村が近づいてくる。俺とマグカップを何回か見比べてから、ようやく受け取った。
「……ありがと」
「座って飲めよ。行儀悪いだろ」
雪村は今度は迷うことなくさっきと同じイスに座った。俺もパソコンに向き直りキーボードを叩き始める。
「ねぇ工藤」
ここに来て最初に言った時と同じような調子の声に、なんだと短く返事を返す。お互いに顔は見なかった。
「……アンタのそーいうトコ、私キライじゃないよ」
「……そうか」
雪村が大きな音を立ててコーヒーをすすった。

 

特に会話の無い静かな時間。
たまにはこういうのも悪くない。

 

fin
…………………………………………
たまには保と冴がラブラブしててもいいかなーなんて(^^)
類の知らないところで、さりげなく好感度と信頼度は上がっていってたんですww

 

(2011/5/4 加筆修正)
沙久