『静かに舞い散る花弁の色は』

 

“私”は鈍く輝く瞳を開いた。
顔にかかった髪をうっとうしく思い掻きあげると、それを邪魔するかのように大きく一筋の風が吹いた。今日は肌寒い。いつの間にかそんな季節になっていたということだろうが、最近ではそんなことを気にかけることも減っていた。
「香椎(かしい)様……香椎様」
聞きなれた高い声の主に視線をやる。藍色の長い髪を一つに束ねた細身の男が膝をついていた。相変わらず大袈裟な奴だ。彼はその髪と同じ色の目を伏せたまま続けた。
「お見事でございました。この芳蓮(ほうれん)も驚くほどです……ご立派になられましたね。ご気分はいかがですか?」
深紅の染みた地面に横たわる、かつてヒトであった動かないモノたちを踏みしめ、“私”は頬に飛び散った赤い雫を拭った。体を守るはずの鎧が、ちょっとした動作にガシャリと音をたてて、邪魔だ。しかしこれを纏わないことを芳蓮が許さない。
「ふん……悪くはないが。コレも随分と扱いなれてきた」
ズシリと重いそれを目の高さまであげると、さっき拭ったものと同じ液体が滴り落ちた。すぐに拭わなければ錆となり切れ味が落ちるのだが、“私”はそれをジッと見つめた。今しがたヒトの肉を切り裂いた感触を残した腕。これは確かに“私”のもの。散ったしぶきに頬を緩めたのも、“私”。紛れもなく“私”なのだ。
芳蓮は静かに立ち上がると、高く結い上げた“私”の髪に触れた。あぁ……と残念そうに声を上げる。
「香椎様の髪がこのような輩(やから)の血で穢(けが)れてしまわれた……早く戻って湯殿(*)へ参りましょうさ、早く」
殺風景となったこの場所から離れることに躊躇(ちゅうちょ)などなかった。短く返事を返す。
「今日はわたくしもご一緒いたします。よろしいですね……?」
「ああ……問題ない」
いつから“私”は、こうなってしまったのか。幼い頃はただ無邪気なだけの子供だった。
いつから“私”は、“私”で無くなったのだろうか……?
「……汚らわしいのは、私のほうか」
自嘲気味に呟く。再び吹いた風に目を細めると、芳蓮が手を差し伸べた。小柄だが、“私”のものより大きなその手にすんなりと包み込まれてしまう。昔は互いに同じようなものだったというのに……。
「お前はいつの間にこんなに成長したのだろう……」 何気なく言うと、芳蓮は小さく「気のせいですよ」とそっけなく返してきた。
“私”はきっと、明日もこの手を染めるのだろう。その度にか細い指が“私”に触れる。まるでその罪を拭(ぬぐ)い去るように。
もう一度だけ笑った“私”は、いつまでこんな日々を送るのかなどと仕様のないことを考えていた。

 

fin
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*湯殿……サクッと説明してしまうとお風呂のこと。
なんとなくいつもと違う雰囲気が書きたくてがんばった覚えがありますね(遠い目)
っていうか芳蓮、お前さりげなくご一緒するな!;;

 

(2011/2/13 加筆修正)
沙久