『s-d×僕月 クリスマス特別短編』

 

期末テストも無事終わり、あとは終業式を残すのみ。成績表も気になるが間近に迫ったクリスマスにはしゃがずにはいられない生徒も多かった。学校全体が賑わっている状態だ。
「雪村、ちょっとこっちこい」
担任である工藤に手招きされ振り返った雪村冴も、その一人だった。
「何、工藤。クリスマスの予定ならあけてあげないよ。バイトしたあと真由さんとパーティするんだから」
「誰が誘うか、ボケが。じゃなくてだな……お前永瀬と友達だよな。そうだよな?」
当たり前だとばかりに大きく頷く冴に、工藤は声を落として――……休み時間なので周りに生徒がたくさんいるためだ……――後方を指差した。冴も視線だけでそちらをうかがう。一瞬驚いたようだったが、すぐに表情を戻した。
「あいつ、普段からわかりにくい奴だとは思ってたんだが……今日は特におかしいぞ」
あくまで真剣な工藤に冴はふっと笑みをこぼして言った。
「そんな、失礼だよ工藤……いくら永瀬の顔がゆるんでるからって」
いつになく嬉しそうな彼女に戸惑うクラスメイトもちらほらいるようだ。密かに集まる視線が、それが変な光景である事を余計に際立たせていた。以前よりマシになったとはいえ、それほど普段の彼女の顔が硬いという事だろう。
「あの子ね、クリスマスに彼氏が北海道から帰ってくるから喜んでんの。ホントかわいーんだから……」
彼氏という単語がそんなに意外だったのか工藤は目を丸くした。冴は構わず続ける。
「いーよなぁ、その間私はミニスカサンタでケーキ屋前でケーキ販売中。なんで中に入れてくれないのか店の前で販売中だよ。繰り返し言うけど」
「それは是非おがみにいこう」
「あはっ死んできなよ工藤☆」
2人が声を落とす事を忘れ始めた頃、休み時間の終わりを告げるチャイムがなった。
「げっ次移動だ! じゃね工藤!」
バタバタと走っていく冴を見送りながら、工藤はこっそりとため息をついた。
(そんな人恋しそうなかおしてんじゃねぇよ…)

力づくでも、奪いたくなるだろ。

 

***

 

12月24日。カップルが何度も目の前を通り過ぎていく中、冴は大きなくしゃみをひとつした。
「寒いっ! この季節ミニスカはオニだよ店長ぉ!!」
ぶるりと震えながら小声で悪態をついていると、すいませんと声をかけられた。すぐに居住まいを正す。
「はーい、イラッシャイマセ……」
「……え? 雪村?」
不意に名前を呼ばれ、訝しげに目線をあげてみると、そこには懐かしい元クラスメイトがいた。左藤だ。
「うそ、左藤じゃん……!! わー、おっかえり!  何?永瀬と食べるケーキかよ? っかーラブラブだねっ! 買ってけ買ってけ、もちろんまけてはやらないけどね!」
変わってないなぁと苦笑いする左藤は、以前より少しだけ背が伸びたようで、視線をあわせるとそれがよくわかる。<のんびりとした雰囲気は夏に別れてから変わってないが、左藤らしくてそのほうがいいと思った。
「しっかしお前、何その寒そうな格好……」
左藤の目がチラリと短いスカートの裾へいったのに気付き、冴は冗談っぽくそこを押さえた。
「左藤のスケベ。足なら永瀬の見せてもらいな」
「んな……っ!? バカ言ってんな!!」
カアッと赤くなる辺り、左藤は単純でかわいい。男なのにこんなにウブな反応で、永瀬とうまく進めるんだろうかなどと、いらない心配をしてしまう。だけどそれが2人らしくていいような気がした。
「まぁ選ぶなら早く早く。私もうすぐ上がりだからさ」
「あ、ああ……じゃあショートケ……」
ゴンッ
2人同時に机を覗き込んだため、額が鈍い音を立ててぶつかった。
「いってぇ……!」
左藤が顔を上げると、すぐそばにあった冴の顔にギクリとなる。しかし同じように顔を上げていた冴は左藤を見ていなかった。どちらかというと、左藤より向こうの景色を呆然と見ている。不思議に思い振り向いたまま、左藤は身を硬くした。そこにいたのは。
「な、永瀬……ひさしぶり」
「……そうだね」
ひんやりとした視線を向けてくる永瀬だった。角度が悪いとまるでキスしていたかのような、まずい姿勢から早く動かなくてはいけないのに、左藤はそれさえもできなかった。永瀬の目が、どこまでも冷たい。
「アタシ、邪魔なら帰る。雪村……アンタは悪くないってわかってるから」
くるりと背を向けて歩き出した永瀬をぼんやりと見ている左藤の頭を、冴は力の限り叩いた。
「いでっ!な、何す……」
「バカ左藤!! なにぼけっとしてんの、とっとと永瀬追いかけな! あの子今日をすっごい楽しみにしてたんだよ……!」
冴は手早くケーキを2つ箱につめると、お金は後でいいからと左藤に押し付けた。(あくまでおごってやる気はないらしい)
何回もつまづきそうになりながらもなんとか走り出した背中を見ながら、冴は心の中で永瀬にそっと謝った。

「……冴ちゃん?」
高い位置からの声にハッとすると、そこには鼻を赤くした類がいた。
「類くん……?どうしてここに……」
「そろそろ終わる頃だろうから迎えに行けって姉さんが……どうしたの? 元気ないみたいだけど」
いつものように優しく細められた目を見上げ、冴は瞳を潤ませた。
「わ、私のせいで今カップルが破滅の道を歩もうとしている……っ」
「…うん、言いたいことはなんとなくわかったから落ち着いて?」
その子たちはまたここにくる? と聞かれ、多分と答えた。左藤は律儀だから代金はすぐにもってくるだろう。
「そっか。……じゃあ、ちょっと待ってようか。姉さんには悪いけど、冴ちゃんも心配でしょ?」
そういいながらマフラーを貸してくれた類に、冴は涙目のまま頷いた。

 ;

***

 ;

「永瀬!!」 左藤がようやく追いつきその手首を掴んだころには雪が降り始めていた。つまらなそうに目をそらしてくる永瀬は、空港に見送りに来てくれたあの夏よりも少し髪が伸びていてどこか大人っぽく見えた。
「……ケーキ、買ってただけだから。つまんねぇ誤解してんなよ」
ほら、と箱をかかげて見せても永瀬は受け取ろうとしない。視線は相変わらず左藤意外を見ていた。
「永瀬、お前な……」
「わかってるよそんなこと。雪村には好きな人いるし左藤に浮気する度胸なんてないことぐらい」
つっかかる言い方に眉を寄せると、ようやく永瀬は左藤を見た。怒っているというより泣き出しそうだった。
「でもね、左藤にはわかんないかな。やっと……久しぶりに会えるって思って行ったら、雪村と楽しそうに話してて。一瞬、キスしてるみたいに見えて……どんだけ恐かったかわかんないかなぁ!!」
だんだん震えていく言葉に、左藤はしまったと思った。たとえささいなことであっても、長く離れていた2人にとっては、大きな動揺になるのだということをようやく自覚した。
「ね、左藤……アタシ、あれから少し明るくなったって言われたよ。柚香とも仲良くやってる……。だからアンタが帰ってきたら笑った顔見せれるかなって思ってたの!」
めずらしく感情をハッキリ表した永瀬にハッとなる。以前あれだけ無表情だったその顔は、随分と読み取りやすくなっていた。
「素直に“お帰り”くらい……言わせてよ……っ」
「ごめん、永瀬……」
おずおずと背に腕を回すと、永瀬のほうから左藤の薄い胸にもたれかかってきた。甘えるような仕草がやけにかわいかった。
「志保って、呼んでくれるんじゃなかったの」
すねたような声に苦笑いがもれる。永瀬がいつになく素直なこのときを逃すのはもったいないな、と左藤はその耳元へ口を寄せた。
「……志保。好――……」
「そうだ、ケーキ!!」
がばりと顔を上げた永瀬に、左藤の口は引きつった。人が真面目に口説こうとしてんのに、食べ物第一ですかアンタ。
「ケーキ買ってくれたんだよね。ショートケーキ?ちゃんと苺たっぷりのやつ?」
ハイハイと箱を差し出すと、永瀬の顔が赤い事に気がついた。
(……もしかして、照れ隠しだったりする……?)
なんともタイミングの悪い。それとも俺が何を言うかわかっててやったのか。もう一度永瀬を見ると、箱を開けた彼女は間の抜けた声でこう言った。
「左藤、アタシの足程度に追いつくために走ったの?……ケーキ、ぐっちゃぐちゃ」
誰のせいだと言っても後の祭りである。どうしようもなくなった空気を、左藤は数ヶ月ぶりのキスで無理矢理ごまかした。

 

(本当ごめん永瀬ー!!)
(いいって雪村、アンタたち悪いことしてないじゃん。全然いいよ)
(な、なんで逆に機嫌いいの…?)
                                                      

 

fin
…………………………………………
長かった…!!orz
あー腰痛い。こんな下のほうまでお付き合いいただきありがとうございました;;
今回は僕月メインでストロベとのコラボ特別小話クリスマス編でした!
ストロベはちょっと時間軸があわせらんなくておかしくなったけどできればそのへんはご容赦願いたいです;;
クリスマス3つもかいちゃったよ。

 

(2011/2/13 加筆修正)
沙久