森の奥には村があった。
 村の奥には双子がいた。

 

『例えば僕にとっては君自身が禁断の果実ということになるんだけど』

 

 イヴがベッドに腰掛けると、小さな小屋にギシリと音が響いた。ふわりとした長い髪を背に流しながら、彼女は愛しい男の名を呼ぶ。
「アダム」
 男は、アダムは、窓の外を眺めるのをやめイヴを振り返った。イヴに微笑みをむけると、何も言わずに彼女の隣に座った。さっきよりも大きな音がした。二人の他には誰もいない。イヴの美しい横顔を見つめるのも、アダムしかいない。
「……アダム」
 再びイヴがその名を呼んだ時には、きゃしゃな体は彼の腕に押し倒されていた。
 淡い黄金色の髪がシーツに広がる。それはアダムのものと同じ色だった。
「本当にいいのかしら……」
 頬や唇についばむような口付けを受けながらイヴはつぶやいた。
「イヴ、もう迷わないと約束しただろう」
愛 おしいと言いたげにアダムはイヴの心臓の上に唇を落とした。それでも不安げなイヴの瞳を見つめる。
「いいかいイヴ、僕らにもう親はいない。村の奴らとの関わりもない。僕らは二人だけで生きてきたんだ……僕には、イヴさえいればいい」
「それは私もよ、アダム。あなたは私の大事な――……」
「イヴ、ねえ、どうして僕らはこんな名前なんだと思う」
 イヴの言葉をさえぎってアダムは問いかけた。白い首筋をなでる。イヴは長い間黙っていたが、やがてオリーブ色の瞳を閉じた。 「私たちは、愛し合う運命なのね。原罪(※)を繰り返すための裏切りの双子……今までにいったい何度紙に背を向けてきたのかしら」  自嘲的な笑みはアダムの唇に吸い取られていった。同じ瞳を間近で見つめ合う。
「何度生まれ変わっていても、僕らは必ず求め合ってきたはずだ。原罪により楽園を追放されたあの日からずっと……」
「私たち、また果実を食べてしまうのね」
 アダムはくすりと笑ってイヴの胸にもう一度口付けた。慈しむように、そっと。
「今度は蛇にそそのかされたんじゃない、これは僕らの意志だ」
 イヴも笑った。そうしてアダムの髪に指を差し入れ、自分からキスをした。

 

 窓の外はもう暗くなりつつある。小屋の中からは光が消え始めた。
 罪深き双子の愛は誰にも知られることはなく、ひっそりと闇に溶けていくのだった。
 一筋の風が吹く。
 それは神のため息かもしれなかった。

 

fin
…………………………………………
あーはーはー。これっていわゆる近親モノっすよね。あんま自覚なかったけど。
だって二人の名前がアダムとイヴだもん、違和感無さ過ぎだぜ…。

(※)原罪というのは、あれです、最初の人間であった二人が掟を破って果実を食べてしまったこと。あれで楽園追放だったはず。

 

(2011/9/7 加筆修正)
沙久