バレンタインなんかより、ずっと地味なこの日。
オレだってそれなりに気にしてる。

 

『偏(かたよ)ったホワイトデー』

 

3月14日は、誰もが知ってるホワイトデー。誰もが知ってるはずの日だ。最近はトモチョコなんてのが流行ってるせいで“お返し”することがないのか、それとも返すのが面倒なのか、オレの周りではなんでもない日かのように時間が過ぎていってた。
(……用意、してみたはいいけど。どうやって渡すかな)
机の奥底に確かにある小箱の感触を左手で確かめながら、オレ、根岸裕也(ねぎし ゆうや)は目だけで教室を見渡した。怪しいとか言うなよな。今朝からずっとウダウダと悩んでるうちに、もう授業はすべて終わり解散前のHR中だ。目的の女子は、オレからずっと離れた、廊下側の席の一番前にいる。すぐに出て行ってしまえる危険な位置だ。蛍光灯の光が当たりこの位置から見ると若干茶色く見える長い髪を高くポニーテールにした彼女は、きちんと背を伸ばして担任の話を聞いていた。言ってみれば、彼女…武田サンは、優等生なのだ。ぼんやりと視線を送っているうちに、間延びした古いチャイムが校内に響いた。
「――……はい、じゃあ解散。気ぃつけて帰れよー」
担任の一言に一斉に立ち上がるクラスメイト達。背がそんなに高くないオレは武田サンを見失ってしまった。なんでみんなそんなにデカイってんだ。牛乳に相談とかしてみたのか。
「あ……もういねぇし……」
ようやく視界が晴れた頃には、眺め続けたポニーテールはもう見当たらなかった。

 

***

 

「よう、なにそんな落ち込んでんだよ」
「うっせーな。オレは今繊細にナイーブな感じで傷ついてんだ」
日本語がメチャクチャだって構うもんか。ようは伝わればいいんだよ、オレのこのブロークンハートがさ。部活中であるにもかかわらず、やる気にもなれずに体操服姿のまま隅でいじけるオレ。ときどき飛んでくるピン球がオレの額に喝を入れてきた。あ、卓球部っす。万年素人ですが、何か?
「根岸が静かだと気持ちワリィよ。元気出せって。お前はうるさいくらいがちょうどいいんだよ」
励まそうと軽快に笑うクラスメイトに「実は恥ずかしくてホワイトデーの贈り物ができなかったんだ!ほら、オレってばシャイだから☆」……とは(死んでも)言えず苦笑いを返す。そのうち、しつこいくらいに飛んでくるピン球をついに見切って受け止めたオレに、穏やかな放送が聞こえてきた。
『5時になりましたので、顧問や付き添いの先生がいない部活は片づけをして帰りましょう』
聞きなれた声。もうそんな時間かと顔を上げると、外は薄暗くなっていた。
「あ、武田さんだ。いつ聞いてもいい声」
「……は?え、何この美声って武田サンなのか?!!くそ、なんで今まで気付かなかったんだオレ……!!」
知らなかったのかよと言われ、オレは着替えもせずに部屋を飛び出した。後では部員たちが不思議そうにオレを見送っていることだろう。しかしそんなことはどうでもいい。いや、あとで部長あたりに叱られるかもしれないけど。
とにかく、彼女は今、確実に放送室にいる!!

 

***

 

走ってきたせいで勢い余って放送室を少し通り越してしまった。慌てて戻ってノブに手をかける。
「武田サ「しーーっ!!!」……あ、すんません」
思い切り放送室を空けた途端、先輩っぽい人たちからすごい顔でにらまれた。放送中は静かにね、みんな!!っていうかオレの声入っちゃったかな!!仕方がないからとりあえず武田サンが放送のスイッチを切るのを待ってみる。今気がついたけど、彼女だけでなく放送部の皆さんも、ここにいたんですね……当たり前か……。
「……おっどろいた。どうしたの? 根岸くん。私に用事?」
小さな歩幅で近づいてきてくれた彼女に、とりあえず放送室を出てもらう。小窓から興味津々といった様子でのぞいてきてるお姉様方はこの際無視ということで。
「あ……あのさ。今日、14日じゃん? だからさ」
「? うん、そうだね。ホワイトデーだったかぁ」
「お菓子……とか、渡そうかと思って……って、アレ?」
そこまで言ってはっと気付く。オレ、部活の途中で飛び出してきたから……
プ レ ゼ ン ト 忘 れ て き た 。
「〜〜……っとってくる……!」
情けなく顔を赤らめたオレに、武田サンはクスクスと笑いながらついてきてくれた。
「もう部活終わりだから、一緒に行くよ。ありがとね」
優しい笑顔がまぶしくて、オレは妙に恥ずかしくなった。こんな風に隣を歩くことなんて初めてだ。
「でももらってもいいの? 私、バレンタインあげてないのに」
「う……っ!! い、いいんだって。ホワイトデーは……バレンタインの、逆、みたいなもんなんだから」
意図をうかがうようにチラリと向けられた視線を受け止められずに、オレは下を向いた。

 

部室までのこの廊下が、もう少し長かったらいいのになんて考えながら。       

 

fin
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はい、ホワイトデーが近いので書いてみました。
タイトルは、普通はバレンタインのお返しであるのに一方通行なホワイトデーだねって意味で。
これはお返しの日ってだけではなくて男性からの告白の日であってもいいんじゃない?という沙久の考えから生まれました。
あとは我が友人・放送部所属の美声様を思い出して…(え
世の男性諸君、もらってなくてもあげても言いと思うよ!
そして兄貴、今年はあげなかったけど妹にまともにお返しがあってもよくないかい?

 

(2011/2/13 加筆修正)
沙久