『昼下がりのふたり』

 

「あ、工藤先生」
「ん? あぁ永瀬か。どうした?」
 永瀬が数学準備室の扉を開けると、そこでは担任の工藤保がひとりコーヒーを飲んでいた。相変わらず人の少ない静かな部屋だ。永瀬はきょろりと辺りをを見渡してから中に入って行った。
「いえ、浅岡先生を探してたんですけど。いないんならせっかくなんで……」
 そういいながら永瀬は主のいない空いた椅子にちょこんと腰を下ろした。表情を変えないままの淡々とした行動に、工藤は瞬きを繰り返す。とりあえず体を永瀬の方へ向けた。
「せっかく……? 数学の質問か」
 いいえ、と首を横振る。最近伸びてきた、と前に雪村が嬉しそうに言っていた永瀬の髪が、ふわりと左右に揺れた。
「一度聞いてみたかったんです。先生、あの子のどういうとこが好きなんですか」
 工藤がこれでもかというくらい目を見開いた。あの子、とはもちろん雪村冴のことだろう。だがなぜ突然永瀬がそんなことを――……いや、まずどうして知っている?
「……あれ、雪村からきいてませんか? アタシずっと知ってたんですけど」
「んのボケが……っ。いやお前じゃない、雪村だ雪村」
 深すぎるため息をつきながら、工藤は頭をかいた。いつも以上に大きな舌打ちが出る。教師が生徒に惚れるというのは大問題。今までのあれこれからして悪いのは工藤に違いはないが、噂になれば雪村だって無傷じゃ済まない可能性が高い。それを簡単に……。
(だいたい雪村にしては珍しい……。……ん? そうか)
 工藤は永瀬に目をやった。ぱちりと目が合う。
「お前、雪村に信頼されてんのな」
 なにげなくこぼれた言葉に、永瀬はきょとんとしたあとで、優しく微笑んだのだった。

 

 

「で、どういう風にどんな所が好きなんですか」
「……お前しつこい」
「言ってくれなきゃ雪村に先生の悪口言います」
「……それ、おどしか?」

 

 純粋なあの目と、本当はさみしがり屋なところが好きだなんて。そんなことは死んでも言ってやらない。

 

fin
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本編では見られなかった永瀬と工藤の絡みですね。ちょっと遊び心でやってみました^^

 

(2011/9/12 加筆修正)
沙久