『3月3日、父娘。(ちち むすめ)』

 

[すっかり忘れていたが……今からでも遅くない。ひな人形をだそう]
「……は? 何で?」
 夕方、突然の父からの電話に雪村冴は眉をひそめた。仕事中にかけてくるなんて何があったんだと思ったのに、真面目な声音で何を言い出すのだろうか。しかも今日は3月3日。ひな祭り当日、しかも終わりがけにひな人形だなんて。
 たいした用事ではないなと判断すると、冴は肩にケータイを挟んでミニスカートを脱ぎ、楽なジャージに履き替えた。大学から帰って来て荷物を置いたばかりだったのだ。慌てで出て損をした気もする。
「別にもうよくない? 普通は3日過ぎたら片付けるんだし……ってか私もう大人だよ、そんなことこだわんないよ」
 コンコルドで髪をまとめてからケータイを持ち直すと、「でもなぁ」と不満げな声が聞こえた。
「そもそもウチになんであんなに大きなひな壇があるの? 前から気になってたんだけど。もしかして昔私がねだった?」
[いや、あれは葉子が気に入って……]
「え……母さんが」
 冴は幼い頃亡くなった母の顔をぼんやりと思い出した。現在も雪村家には母親はいない。すっかり当たり前になってしまった事実だが、時折話題にのぼる彼女のことを思うと、少しさみしい気もした。こんな風に自然と話題にできるようになったのはいつ頃だったろうか。
[それにな、ひな人形は出すのが遅くなると嫁に行き遅れる]
 大真面目に言い切られ思わず笑ってしまう。何がそんなに可笑しいんだと不思議そうに聞かれてしまい冴はますます肩を震わせた。
「わかったわかった、探しとく。……ひとつ聞くけど、父さんは私が早々にお嫁に行ってもいいの?」
 予想外の質問だったのか、しばらく沈黙が流れる。あくびをひとつしたところでようやく低い声が答えた。
[……やっぱり、明日出すか]
「……それでも出すんだね?」
 必死で笑いを堪えながら聞く。仏頂面が目に浮かぶようだ。兄に色濃く遺伝したあの不器用な笑顔も一緒に。
[貰(もら)い手がなくても、困る]
 そんな父親の言葉に微笑み、そうだねぇとのんびり返す。
 ひな人形はどこにしまってあるだろうかと考えながら冴は電話を切った。

 

父娘(おやこ)2人の桃の節句。

 

(へぇ、そんなことがあったのか)
(そーなの一弥兄、おっかしいでしょー?)
(……ちなみによ。津田の奴のことは親父に言ってあんのか?)
(…………………タイミングを見計らってるんじゃない、かな?)
(かな、って……お前のことだろ)

 

fin
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会話分中心のグダグダひな祭り小話ー!
…書き上げた時刻・3日の午後10時半\(^p^)/
でもなんか書きたかった嫁に行き遅れネタだ!!(←別に行き遅れてない
小さい頃初めて集めた少女マンガでひな人形を出し遅れた主人公に「行き遅れたらオレがもらってやるよ」と笑ったユウノスケ君(小5)、思えば初ときめきだった(笑)
さて、20歳Ver.冴はまだ類くんをパパに紹介してない模様。パパは忠邦(ただくに)、ママは葉子(ようこ)。今考えた←
「冴ちゃん…っ」「類くん…!」ガチャッ「「「………あ」」」
…なんてことが再びあってはいけない、がんばれ類くん!!

 

(2011/9/7 加筆修正)
沙久