『クリスマスは誰のもの』

 

 24日、今年最後の登校日には雪が降った。
「きれい……」
 呟いた言葉が白い吐息と一緒に空気に溶け込んでいく。この冬の冷え込みは異常気象のそれらしく、廊下の窓から見える校庭はもうすでに薄らと白く色づいていた。
「井塚さん」
 不意に名前を呼ばれ足を止める。ばんやりしているうちに生徒はほとんど帰ってしまったようだ。振り返れば彼女と、彼女を呼び止めた男しかいなかった。三つ編にした髪を無意識に右手で触りながら井塚由奈は小首を傾げた。
「小野君……? どうしたの?」
「井塚さんを待ってた」
 口数の少ない彼はそれだけしか言わなかったが、たっぷりと巻かれたマフラーから覗く耳は寒さに赤くなっており、どうやら長い時間ここに立っていたのは本当らしいと思わせた。
「あ、もしかしてもう最後だから……かな。ちゃんとお別れ言ってなかったもんね」
 苦笑いを返すと小野はわずかに眉を寄せた。気を悪くしたというよりは何か考え込むような様子だった。 
 小野京介は、3学期にはもうこの高校にいない。親の転勤のため転校するそうなのだ。一人暮らしはできそうにないから、と話していたのを聞いたことがあった。黙ったままの今日までのクラスメイトに何と声をかけようかと由奈は視線を下げた。
「明日……」
「え?」
「だから、明日。一日付き合ってほしいんだけど」
 突然の申し出に目を瞬かせるしかない。半ば睨むような勢いで目を合わせてくる小野が何を考えているのかさっぱりわからず曖昧な笑いを返した。
「引越しの準備で忙しいんじゃないの?」
「必要な分はもう終わらせたから。……なに、予定でもあるの?」
「そういうわけじゃないんだけど、ただ、どうしてかなって」
 今まで仲が良かったというわけでもなく、むしろ笑いかける度に仏頂面をされていたので嫌われているのではと思っていたほどだ。小野には悪いが、簡単にハイと返事をするには困惑の方が勝ってしまう。
「く……ま、す……」
「え、ごめん今何て……?」
 白い息が小刻みに吐き出されたので喋ったのはわかるが小さすぎてうまく聞き取れない。少し距離を縮めようと踏み出したその時、マフラーに埋もれかけていた口元をぐいと出し小野が声を張り上げた。
「井塚さんのクリスマスを僕にちょうだいって言ってるんだ!」
 驚きに足と喉が止まってしまう。静かな校舎に小野の声が響き二重三重になって由奈に届く。小野は、今では耳だけでなく頬まで赤くなっていた。照れたような顔も大声を出したところも見たのは初めてで、妙に由奈を緊張させた。
(そ……っか、明日ってクリスマスだった……)
 クリスマスを一緒に過ごそうと誘われたのだ。ようやくそれを理解した時には由奈の顔は淡く色づいていた。
「……明日、10時に駅だからね。水族館行くから」
「あのっどうして私と……!」
 小野は返事もまたずきびすを返して歩き出した。角を曲がろうとしたところをもう一度呼び止めると、不機嫌な顔が肩越しにこちらを向いた。
「君と行かなきゃ、また迷子になるだろ……っ」
 振り返った勢いでなびいたマフラーの端が動きを止める前に小野は再び足を進め走るようにして由奈の視界の外へと消えていってしまった。由奈は追いかけない。代わりにその目を大きく見開いていた。
「水族館で、迷子だなんて……」

“水族館で迷子だなんて、私たちカッコ悪いね。でも二人いればすぐみんながいるとこに着けるよ”

 春、学校の行事で訪れたそこで小野と由奈は自分の班とはぐれそれぞれ迷子になっていた。ひとりで不安そうに立っていた小野を由奈が偶然見つけ、二人一緒に互いの班を探して歩いたのだった。
 由奈の顔がさっきよりも確かな熱を持つ。
 二人が初めて言葉を交わしたのは、間違いなくその時だった。

 

彼女のクリスマスは誰のものに?

 

明日の朝、不機嫌な顔の横にいるは。

 

fin
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難産。難産の一言ですorz
「どうして好きになったのか」っていうのを考えるようにしてみよう、提示してみよう…なんて考えた結果がこれか…。
理由は大事、しかし本当に難しい(^^;
今までそーいうとこはちょっと雑だったのでは…と不安にもなりつつ、先輩のアドバイスをもとに「……」と点点点の表記が変わりました―。(※移転前の話。おかげで作業が楽になった…)
みなさん、よいクリスマスを!
男性陣は好きな女の子をデートに誘っちゃいな!!

 

(2011/9/7 加筆修正)
沙久