「……ねー、もう機嫌直してよ」
「………」
「勝兄ってば」
「……………」
「もー……」
俺らは今日も、仲良く一方的に兄弟ゲンカ。

 

『スウィート・ブラザー!』

 

 俺、北條悠馬(ほうじょう ゆうま)は今年から都立高校の1年生。3年上の兄貴の名前は勝馬(かづま)。だけど俺は勝兄(しょうにい)って呼んでる。今、その勝兄と冷戦中だったりするんだけど。
「おやつのプリンやるから、機嫌直して、頼む」
「……そういやお前先週のオレのおやつ勝手に食ったよな?」
 いらん地雷をさらに踏んでしまった。単純なくせにねちっこいんだから困ったものだ。
 そもそもなんでこんなことになったかというと、これもまた俺にはどうしようもないことなんだけど……昨日の身体測定が大きな原因だったりする。

 その日、勝兄は大層ご機嫌だった。昔から小柄で、もう半ば諦めかけていた身長が伸びていたそうだ。四捨五入して3センチ。そんな時に俺が自分の測定の結果を帰ってきちゃったんだよね。
「176センチ……だと……っ?!」
 何気なくそれを見た勝兄は眉間に深くしわを寄せた。童顔なんだからそんな顔似合わないんだけど、本人に言ったことはない。つまりそれだけよくする表情なんだ。もったいないなぁ、かわいいのに。
「176.5ね。何、それがどしたの? 勝兄」
 食卓の上に置いてあったチョコレートを食べながら聞くと、わなわなと肩を震わせた勝兄にキッと睨まれてしまった。
「ゆーま! お前そこに真っすぐ立ってみろ!!」
 怒っていることは明らかで、俺はよくわからないままその場に立って背筋を伸ばしてみた。勝兄が俺のすぐ目の前まで来て同じように立つ。鼻先が触れそうだ。でも、ほんの少しだったけど、勝兄の目の位置が俺のより低かった。
「い、いつからオレよりでかくなってたんだ……?! オレが何年かけて174になったと思ってやがる、ゆーま!! オレと同じもん食ってるくせにー!」
「イタッ! ちょ、殴んなって、力はそっちのが強いんだから……っ」
 そう言いながら反射的に思わず出してしまった左手が偶然にも勝兄の右ストレートを受け止めてしまった。それはもう、がっしりと。しっかりと。
「あー……えーと」
やってしまった。いや、やれてしまうと思っていなかった。勝兄はそうとうショックだったらしくて、怒りが抜けた代わりに目をうるうるさせながら拗ねてしまった。

 こういう時の勝兄はものすごくやっかいなんだけど、弟の俺としては、その様子がどうしても子犬みたいで可愛くて仕方がない。俺って兄バカなんだよなぁ。
「おやつを食べたことも謝る。んで、今日のぷりんもあげる。……勝兄、それでもダメ?」
さっきから目の前に献上してるぷりんにチラチラ目が行ってるところを見ると、どうやらあと一押しらしい。
「物でつろうとするとは卑怯だぞ……昔はそんなことする子じゃなかったのに。かわいかったのに」
 つられそうになってるくせにまだそんなよくわからない文句を言う。素直なんだか強情なんだか……。俺は小さくため息をつくと、わざとらしく悲しそうな顔をして見せた。
「勝兄は、小さい俺じゃないと嫌なの……?」
「……は?」
 こっちを向いた。よしよし。
「昔からあんなにかわいがってくれてたのに、俺が勝兄より大きくなったら嫌いになるんだね……っ」
うぅ、とダメ押しで泣きまねをする。勝兄の優しさに付け込む作戦はいつだって有効で、俺の大げさな演技に気付かないんだ。
 指の隙間からチラと見てみると案の定困り顔の勝兄がいた。唸るような声を出して悩んでいる。つまらない(けどかわいい)プライドなんで捨てて、俺を取りなって。今ならぷりんもついてくるんだから!
「……あー、くそ!! わかったオレの負け!! だからぷりん寄こせっ」
 納得がいかないって顔しながら、勝兄は黙々と俺から奪ったぷりんをたいらげた。ごめんね、でもそんなとこがかわいいよ。
「ただいまー。勝馬、悠馬いるー? 今日はアジの塩焼きにしたからねー」
 ようやく落ち着いたところに、母さんが買い物から帰ってきた。すると勝兄の顔がまた曇る。……アジ、嫌いなんだよね勝兄。
「母さんオレそれ無理。ぜってぇ無理」
「バカ言うんじゃないわよ、そうやって好き嫌いばっかりしてるから身長も伸びないのよ」
 ……母さん、俺の今日一日の努力をなんだとお思いでいらっしゃいますか。
 とどめの言葉に、せっかく持ち直した勝兄の機嫌は最悪になってしまった。

 

 後日。
「アジ食ってもお前より小さいままじゃないかー!!」
「痛い! そんなこと知らないってーっ!!」
 我が家のお姫さんは今日もご機嫌斜めです。

 

fin
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勝兄、数字の上では決してチビじゃないのに(笑)
なんだかかわゆい男の子が書きたくなって書いた…はず。
実は結構前のやつでアップし忘れてたんですね。発見できてよかった(´∀`;
兄貴のことを「〜兄(にい)」って呼ぶの好きらしい。何回使うのってね!←

 

(2011/9/7 加筆修正)
沙久