※内容が結構病んでます。ご注意ください。

 

「ねえ」
「……んー?」
「あたしがいなくなったら、あんたは壊れてくれる?」
明日のお弁当何入ってるだろうね、ってのと同じくらいのトーンで聞かれた言葉に、「ボク」はゆっくりと首を巡らせた。ブツ切りにした「彼女」の髪が風になびいてるのが目に入る。屋上はどうにも寒い。
「……どうなるんだろうね、ボクは」
制服のネクタイに指を絡ませながら空を見上げていると、「彼女」の高い笑い声がかすかに耳に届いた。
「嘘でも、壊れるって、言うところだよ。ばーか」
そう言った時の「彼女」の目は優しかったと思う。

それが、僕の勘違いじゃなければいいと思った。

 

『ボクらの世界』

 

次の日の朝、「彼女」はいつも通り同じバスの同じ場所に立っていた。
正直「ボク」はホッとしたのかもしれない。ただこの時はあまり強く感じなかっただけで。
「……おはよ?」
「オハヨウ」
「彼女」のチェック柄のスカートと「ボク」のズボンはある意味ではおそろいだった。横を見れば他にもたくさん“おそろい”がいる。うちの学校のすぐ目の前にバス停があるから、朝と夕方このバスは“おそろい”だらけになるのだった。
「ボク」もいつも通りな「彼女」に習って、いつも通り「彼女」の横に立つ。
特に会話があるというわけではない。
ただそれが「いつも通り」だった。

「彼女」と「ボク」は、恋人ではない。同じクラスでもない。
出身の小学校や中学校が同じでさえない。
「ボク」たちはただの屋上の住人なのだ。
その住人が、一番最初に顔を合わせたのがこのバスのこの場所だったから、それが「いつも通り」となった。誰がそう決めたわけでもない。そうなったのだ。自然の摂理のような、何の疑問もなく受け入れるべき運命。「ボク」はそんな風にさえ感じていた。

「ボク」らは気が向いたときに屋上に向かう。「ボク」らはチャイムの音に縛られてはいるが、ただその音で行動に区切りをつけるだけで、その内容は自分が好きなようにしていた。朝から数えて三度目のチャイムに屋上の扉を開くと、「彼女」はもうそこにいた。吹き付ける風に手を伸ばし「触れないね」と拗ねたように言うと、「ボク」を隣へと招いた。
「もうすぐね、ココ、制服が新しく変わるんだって。ブレザー、やめるんだって」
「ふうん。そうなのか」
「彼女」にしか見えない蝶でも探しているかのように腕を宙に遊ばせながら突然話しかけられる。とうに慣れたことなので、普通に返す。
「そうしたら、もう、みんなと“おそろい”じゃなくなるね。あんたはさみしい?変わっていくもの、恐い?」
寝転んでみると、やけに青い空と一緒に「彼女」の顔もよく見えた。
「……この世界が正常に回ってたら、みんないつかは変わってくよ」
本当にそうだと思ったというわけじゃなかった。むしろ逆だ。そうあってほしかっただけだ。
つまらないこと聞くね、と続けて言ったら「彼女」はひどく機嫌を悪くした。
「あんたはそう思うんだね?でも、みんなは変わるんじゃない。ちょっとした何かが起こったら、少しだけ驚いて、元に戻ってくんだよ。何にもなかったみたいな顔をして、戻ってくんだよ。だから世界が回るんだよ」
「彼女」が一息にものを言うときは機嫌が悪いんだって、そんなことに気がついたのはいつだっただろう。「ボク」は視界から「彼女」を追い出してから、ごめんと言った。「彼女」はうなずいた。
「あたしは壊れて欲しかった。ちょっとした何かが起こった世界が、壊れて欲しかった」
「……うん」
「でも壊れないね。せっかくあたし見てるのに。壊れないか見てるのに」
そうだねと返事を返しながら、「ボク」はもう一度「彼女」を視界へ入れてみた。きっと「彼女」は「ボク」よりも遥かに長いときをここで過ごしているのだろう。
ただひたすら、“世界”が壊れることを祈りながら。

「彼女」のいう“世界”というのは、「彼女」を取り巻く環境を、彼女が知っているすべてを世界と呼んでいるのだとわかるまで長かった。「彼女」は望んでいた。自分という存在がいなくなった世界が壊れることを。でもきっと「彼女」がいなくなったあと、世界は残酷なほどに「いつも通り」だったのだろう。「ボク」にはそれがわかった。「彼女」が言う“世界”は、「ボク」の周りに広がっていたそれは、同じように壊れなかったからだ。
学校に遅刻しないようにバスに乗って。チャイムが鳴れば授業が始まり。てきとうに笑って、帰る。
意外なほどに変わらない世界を目の当たりにして呆然とする「ボク」に「あんたも同じ?」と、「彼女」が声をかけてきた。「一緒に世界が壊れるのを待とうよ」って誘われた。「ボク」はその誘いに乗った。
でも、「ボク」らの世界は変わらない代わりに年をとる。本当に見届けるには、ここにいちゃいけないんだってことも、「ボク」は知っていた。でも「彼女」は知らなかった。
「ボク」らは毎朝バスに乗り、チャイムで動き、この場所に来る。
「ボク」らが本当にこの学校へ通っていた頃とは、この場所も随分と変わってしまったのかもしれない。
ためしに運動場を覗き込んでみればサッカーゴールが一つ増え、体育館が新しくなり、真下には花壇があった。
「ボクが落ちたときには、そんなものなかったよ」
独り言は、その空間に妙に残った気がした。
「彼女」は何も言わなかった。

「ねぇ」
「……んー」
いつかの「彼女」と同じように話しかけてみる。そして続きは確か、こうだ。
「ボクがいなくなったら、君は壊れてくれる?」
「彼女」はしばらくの間「ボク」をじっと見つめてた。
「……イヤよ」
「彼女」は目をそらすことなくきっぱりと言った。「ボク」は少し痛んだ心を隠してどうしてと聞いた。
君は世界が壊れることを望む。だけど世界となって壊れることはイヤなのかい?
「彼女」はいつもみたいに笑わなかった。「いつも通り」じゃないことは久々だった。
「だって、あんたがいなくなって、あたしが壊れたら、あんたがいなくなったことを認めたことになるじゃない。あたしが壊れないうちは、あんたはいなくなってないって、思ってるってことよ。だから、壊れてなんてやらないの」
「ボク」は笑った。これも久々だった。
「彼女」だって、知らないわけじゃなかったんだ。

「ボク」らがここにいることの無意味さを。
変わってはくれなかった「ボク」らの世界の、ココロを。

思いっきり笑ってから、「ボク」は目を閉じた。
もう一度視界を広げたとき、「彼女」はそこにいるだろうか。

いなかったとしたら、それは、
「彼女」がいなくなってしまったのか
「ボク」がいなくなってしまったのか
それとも 2人で

 

“壊れない世界”を愛しながら、二度目の死を迎えたのか。

 

fin
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ひたすら涙を流し、戻らない時間を悲しむか、ひたすら目をそらし、日常を取り戻すか。
彼らの世界は、きっと後者で構成されていて。
受け入れることで立ち直ることもあれば、受け入れることで逆に悲しみに暮れることもあるけど、
偶然にも偏った世界に生きた彼らは、気付かないうちに彼ら自身もそうなっていたんでしょう。
…あー、あとがきまで小難しくなってきたぞ。いかんいかん。
でも、これすごく気にいってます。

 

(2011/2/12 加筆修正)
沙久