※内容が結構病んでます。ご注意ください。
「ねえ」
それが、僕の勘違いじゃなければいいと思った。
『ボクらの世界』
次の日の朝、「彼女」はいつも通り同じバスの同じ場所に立っていた。
「彼女」と「ボク」は、恋人ではない。同じクラスでもない。
出身の小学校や中学校が同じでさえない。
「ボク」たちはただの屋上の住人なのだ。
その住人が、一番最初に顔を合わせたのがこのバスのこの場所だったから、それが「いつも通り」となった。誰がそう決めたわけでもない。そうなったのだ。自然の摂理のような、何の疑問もなく受け入れるべき運命。「ボク」はそんな風にさえ感じていた。
「ボク」らは気が向いたときに屋上に向かう。「ボク」らはチャイムの音に縛られてはいるが、ただその音で行動に区切りをつけるだけで、その内容は自分が好きなようにしていた。朝から数えて三度目のチャイムに屋上の扉を開くと、「彼女」はもうそこにいた。吹き付ける風に手を伸ばし「触れないね」と拗ねたように言うと、「ボク」を隣へと招いた。
「もうすぐね、ココ、制服が新しく変わるんだって。ブレザー、やめるんだって」
「ふうん。そうなのか」
「彼女」にしか見えない蝶でも探しているかのように腕を宙に遊ばせながら突然話しかけられる。とうに慣れたことなので、普通に返す。
「そうしたら、もう、みんなと“おそろい”じゃなくなるね。あんたはさみしい?変わっていくもの、恐い?」
寝転んでみると、やけに青い空と一緒に「彼女」の顔もよく見えた。
「……この世界が正常に回ってたら、みんないつかは変わってくよ」
本当にそうだと思ったというわけじゃなかった。むしろ逆だ。そうあってほしかっただけだ。
つまらないこと聞くね、と続けて言ったら「彼女」はひどく機嫌を悪くした。
「あんたはそう思うんだね?でも、みんなは変わるんじゃない。ちょっとした何かが起こったら、少しだけ驚いて、元に戻ってくんだよ。何にもなかったみたいな顔をして、戻ってくんだよ。だから世界が回るんだよ」
「彼女」が一息にものを言うときは機嫌が悪いんだって、そんなことに気がついたのはいつだっただろう。「ボク」は視界から「彼女」を追い出してから、ごめんと言った。「彼女」はうなずいた。
「あたしは壊れて欲しかった。ちょっとした何かが起こった世界が、壊れて欲しかった」
「……うん」
「でも壊れないね。せっかくあたし見てるのに。壊れないか見てるのに」
そうだねと返事を返しながら、「ボク」はもう一度「彼女」を視界へ入れてみた。きっと「彼女」は「ボク」よりも遥かに長いときをここで過ごしているのだろう。
ただひたすら、“世界”が壊れることを祈りながら。
「ねぇ」
「……んー」
いつかの「彼女」と同じように話しかけてみる。そして続きは確か、こうだ。
「ボクがいなくなったら、君は壊れてくれる?」
「彼女」はしばらくの間「ボク」をじっと見つめてた。
「……イヤよ」
「彼女」は目をそらすことなくきっぱりと言った。「ボク」は少し痛んだ心を隠してどうしてと聞いた。
君は世界が壊れることを望む。だけど世界となって壊れることはイヤなのかい?
「彼女」はいつもみたいに笑わなかった。「いつも通り」じゃないことは久々だった。
「だって、あんたがいなくなって、あたしが壊れたら、あんたがいなくなったことを認めたことになるじゃない。あたしが壊れないうちは、あんたはいなくなってないって、思ってるってことよ。だから、壊れてなんてやらないの」
「ボク」は笑った。これも久々だった。
「彼女」だって、知らないわけじゃなかったんだ。
思いっきり笑ってから、「ボク」は目を閉じた。
もう一度視界を広げたとき、「彼女」はそこにいるだろうか。
“壊れない世界”を愛しながら、二度目の死を迎えたのか。
fin
(2011/2/12 加筆修正)