『今日は愛すべき君の』

 

「メリークリスマースっ!!」
 狭いカラオケボックスの中、それぞれが手に持ったグラス同士がキンとぶつかり合い、歓声が上がる。今日はオレが今年の夏から通い始めた塾の、Bクラスメンバーだけで開かれたクリスマスパーティーだ。一年生しかいない気楽な集まり。今年最後の授業も終わり、どっちかっていうと忘年会みたいなノリだった。
 オレも歌うのが好きだから喜んで参加したが、この人数ではしばらくマイクはまわってこないだろう。
 やっぱり二部屋に別れるべきだったなとジュースをすすると、不意につまらなそうな横顔が目に入った。よく見慣れたショートヘア。
「どうした秋穂(あきほ)、暗いぞ。機嫌でも悪いか?」
 小学生だった頃からの長い付き合いの彼女は、オレにチラとだけ視線を向けただけで、そのまま下を向いてしまった。もともと明るい性格ではない秋穂が元気がない時は、オレが茶化して笑わせるのがなんとなく恒例になっていたから、テーブルを挟んだ向かいに座る彼女を放っておくわけにはいかない。それはオレの役目なんだ。
「もう今年会うのはこれで最後なんだからさ、もっと喋れよ。秋穂に無視されるとオレ傷つくー」
 へらりと笑ってみせると、秋穂も少しだけ笑った。ウソばっかり、なんて言って秋穂に向かって伸ばしたオレの手を軽く叩いた。
「みんなで騒ぐのキライ?」
「そうじゃないよ」
 大音量で流れる音楽、若干音が外れた歌、みんながそれをからかう笑い声。うるさいくらいのこの空間で、秋穂の決して大きくない声は俺の耳に心地よく響いてきた。周りの音も関係なく届く、聞き間違えるわけはないこの柔らかな声音が、オレはお気に入りだった。
「でも秋穂、楽しくないって顔してる気がする」
じっと見つめると、苦笑いが返ってきた。
「楽しくないわけじゃないの……ほんと、何でもないから気にしないで。鈴原(すずはら)」
「んー……。気になるんだけど……」
 今日はどうにも頑(かたく)なだ。せめて理由がわかればいいのに。
(クリスマスだし……デート? 無い無い、秋穂カレシいねぇし、いてもそっち優先してるだろ。カラオケのせい? 歌うまいから違うか)
 うーんと唸り、悩みながら何気なく脱ぎ忘れていたコートのポケットに手を入れる。指先に何か柔らかいものが触れた。
「あ……そっか。そっか!」
 突然立ち上がったもんだから、傍にいた何人かが驚いてオレを振り返った。何でもない、と笑ってごまかす。同じように目をぱちぱちとさせていた秋穂と目を合わせ、オレはドアの方をこっそり指差した。
「ちょっと便所行ってくるー」
「あ、あたし外の空気吸ってくるね」
どうやら伝わったらしい、秋穂もオレと一緒に部屋を出た。

 

「うひゃー、やっぱ外は寒いなー」
 ちょっとついてきて、と店の外に出たものの、吹き付ける風は容赦なく冷たい。吐く息が一瞬だけ白く染まり、見えなくなっていった。それを見送るとオレは秋穂に向き直った。
「秋穂秋穂、オレわかったんだ」
きょとんとしている可愛らしい顔に笑いかける。オレは右ポケットから小さなウサギの編みぐるみを出した。
「秋穂、誕生日おめでと!」
「え……っ」
 イビツなそれをそっと受け取ると、秋穂はまじまじとオレを見た。丸い瞳がもっと丸くなっている。
「鈴原、覚えててくれたの……?」
「忘れてたわけじゃないんだぞ? 帰りに渡そうと思ってたんだ。すごいだろ、それオレが作ったんだぜー。秋穂、こーいうの好きだと思って」
 姉貴に教わったんだけど、そんだけに一ヶ月かかったなんていう苦労話は秋穂には内緒だ。かっこ悪いだろ。
 意外そうにオレとウサギを見比べると、やっと秋穂はふわりと微笑んでくれた。秋穂に一番似合う表情だ。
「……秋穂が昔言ってたこと、ちょっと忘れてたんだ」
 懐かしい、初めて秋穂の誕生日を知った年。
 朝一番に「メリークリスマス!」って声をかけたら、秋穂は拗ねたんだ。「今日はクリスマスより大事な日なの!」って。 なかなか機嫌を直してくれない秋穂に慌てて謝ったな。
「秋穂にはまず、おめでとうって言うんだったよな」
 気恥ずかしくて頬をかきながら目をそらす。秋穂が下手くそな編みぐるみを大事そうにスカートのポケットに入れたのが見えた。
「しっかし寒いな! あ、ちょっと待ってろ秋穂」
 すぐ後ろにあった自販機に、左のポケットに入れっぱなしだった500円玉を入れる。オレのポケットには何でも入ってるな、まったく。赤く光るボタンを押すと派手な音を立てて缶コーヒーが落ちてきた。じゃらじゃらとおつりの音が続いた。
「手、冷えただろ。こっちはオレからのクリスマスプレゼントってことで、これであっためて」
 熱いくらいのそれを持たせると、オレは秋穂より先に歩き出した。少し遅れて、コツコツと足音がついてくる。
 ドアを開けて暖かい店内に入った時、オレのコートの背中をきゅっと握った秋穂が、オレの大好きな秋穂が、本当に小さな声で「ありがとう」って言ったのが確かに聞こえた。

 

メリークリスマス!
今日は愛すべき君の誕生日。

 

fin
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何とか間に合ったぜ、みなさんメリークリスマス!(´∀`*
どんな話にしようかギリギリまで悩んでて、書き始める直前に「やっぱり男の子を主人公にしよう!」とまさかの変更。そのまま勢いで書き上げました…。 秋穂が全然喋ってくれないし、手はかじかんで打ち損じてばっかだし、もういつもより時間かかった気がします。
「オレの大好きな」とかゆっちゃったけど、鈴原は秋穂に恋愛感情があることを自覚持ってないという設定です。秋穂はオレのもの、それが当たり前。そんな感覚かな?
たぶん秋穂は鈴原に魅かれつつあるところでしょうねー。がんばれ、鈍感カップル!(笑)
それではみなさん、良いクリスマスを…

 

(2011/5/29 加筆修正)
沙久