洗面所で鏡を覗き込みながら寝癖を直していると、母さんの高い声が聞こえてきた。 オレ、今日から高校生です。
『800hitリクエスト〜桜咲く、宣戦布告日和(せんせん ふこく びより)〜』
「淳(あつし)ー? あっちゃーん? 遼子(りょうこ)ちゃんがお迎えに来てくれてるわよー!」
「おはよ淳! 似合うじゃんブカブカの制服」
にやっと笑ってイヤミを言ってくる幼馴染は、オレより一年早く入学式を終えている。だからといって年上ってわけでもなかった。
「っるせーよ遼子のくせに。いくぞ」
悔しいことに自分よりも高い位置にある顔を見上げる。すでに二年生である遼子は肩ほどまでのキレイな茶髪を揺らして笑ってすっかり制服を着こなしておりなんとも複雑な気分になった。せっかく同じ高校に入ったはいいがなんだか“先輩と後輩”ということが際立ってしまった。
知ってるか? 3月生まれのヤツと同じ学年になろうと思ったら4月1日までに生まれなくちゃならないんだってよ。オレは紙一重で遼子の後輩になったんだ。家が隣同士で、同い年で、なのに学年が違う。俺は正直今でも納得できてない。
「ねえ淳、ちょうど今学校で桜がいっぱい咲いててすっごくキレイなんだよ」
「ふうん」
テキトウな返事をしながら2人で並んで歩く。周りから見たらオレ達ってどう見えるんだろ。身長が違いすぎて姉弟といった感じだろうか。……なんか、それっておもしろくないな。そう思うと急にイライラとしてくる。弟なんてやってられっか。
「ちょっとー、なんでそんな早く歩くの」
スピードを早くしたオレの背中を遼子の声が追いかけてくる。
「知るかよ」
素っ気なく返事をすると、立派な校門が見えてきた。わりと近いもんだ。オレは桜のトンネルを一人でくぐった。
校舎まで並木道のようになっていて、スタスタと歩いていく。ふと遼子の声が聞こえないことに気付いて振り向くと、ざあっと木々を揺らして風が吹いた。
「――……っ」
舞い散る花びらが視界を覆って一瞬目をつむる。ゆっくりとあけると、同じように足を止め風をやり過ごしている遼子が目に入った。ストレートの髪が花びらを絡めた風に揺れ、白い手でそれをそっと押さえている。まぶしそうに細められた目は優しそうでいつもより大人びて見えた。
違う。この瞬間良子が変わったのではない。幼い頃に比べて、いつの間にか大人びていたことに今初めて気がついたんだ。
「やっと追いついた! もう、今度は何ボーっとしてんの。行くよ淳!」
風が止み小走りに近づいてきた遼子からなんとなく目をそらして、さっきと同じように素っ気なく答えた。
満開の桜をバックに微笑んでくる遼子をちょっとだけ見つめてオレはきつく唇を結んだ。
身長を伸ばして…いや、それだけじゃ足りない。気持ちから大人にならなくちゃ。
アイツの横に立っても恥ずかしくないようになりたい。
弟なんかに、見えないようになりたい。
桜の下での宣戦布告。
どうしてそう思うのかを気づくのは、もう少し先の話。
fin
(2011/2/15 加筆修正)