黒いフードを目深にかぶる。
目にかかる長い前髪を軽く払ってから、今日も夜の街へ。

 

『3700hitリクエスト〜月下、妖しく咲き誇れ〜』

 

「ぐ、あ……っ!」
鈍い音が響いた後、そいつは低く呻いて地面に倒れこんだ。口ほどにも無い。簡単に挑発に乗ってくるあたり、そう期待はしていなかったが、本当に力だけの大男だった。ため息をついてから伸びをする俺をそいつの仲間二人が睨んでくる。見た目で判断できるくらいには雑魚だ。綺麗でも何でもない痛んだ金髪や派手なアクセサリーの数々からして、カッコつけたいだけの不良、といったところか。楽しむどころか面倒なくらいだ。
(あー、ガッカリ。やっぱ相手は選ばないとだめだなぁ……)
こっちはケンカをしたくて声をかけてるわけであって、戯れたいわけじゃない。だがそれも今さらなので、とりあえず準備運動くらいに潰させてもらうとしよう。ビルとビルの隙間というのはいささか動きづらいが、裏路地というのは人目も無く、邪魔が入らないのが良い。
「てめえ、聞いてんのか?! 何すんだっつってんだよ!!」
「……あ。ごめんごめん考え事してた」
「ふざけやがって……!!」
頭が黄色な二人組(後ろ髪が変に長いせいで鳥に見えて仕方がない)が何事か俺に言っていたらしい。あまりにも定番くさい脅し文句だったのですっかり聞き流してしまっていた。そうしているうちにも交互に飛んでくる遅い拳を交わしていく。背が低い方の奴の突き出された腕を左に避け、その勢いで間合いを詰めまずは腹に膝を叩き込み、ガラ空きの太い首筋に容赦なく手刀を入れる。単純な攻撃だがまともに入ればかなり痛いはずだ。それは実際に経験がある。
あとは足払いをかけてこようとしていたもう一人の低い位置にあった顎を力いっぱい蹴り上げてやった。脚力と柔軟さには多少自信があるのだ。倒れたところをもう一発派手に踵(かかと)を落してやったので、しばらくは動けないだろう。立ち回る間に最初に殴った男が傍でうずくまっていたため、少々鬱陶しかったが、まぁ勝ったから良しとしようか。
「軽くしかヤってないから君らそれなりに軽傷でしょ。どうせなら今度はもっと強くなってから俺に会いにおいで? ……また、シよーよ」
膝を深く折り二人の顔を覗き込む。にっこりと笑いかければひどく苛立たしげな目で睨まれた。それでいい。怯えるのではなく挑むような目を見たい。そうして俺を憎く思って、復讐にくればいい。
じゃあね、と手を振り俺は立ち上がった。

 

***

 

湿ったコンクリートの上を目的も無く黙って歩く。狭く暗い道を選んで進んでいたはずだったが、いつの間にか開けた場所に出ていた。空き地らしい、何もなく広いだけの所だ。ぼんやりとした薄光りの正体を追って顔をあげれば美しくまるい満月が浮かんでいた。本当は穴だらけのただの石だというのに、こんなにもまぶしく光る。
「……あんたはずるいな。俺と同じのくせに、……同じじゃないみたいに、こんな」
言葉にしてから笑みが漏れた。バカバカしい。俺も相当頭が弱いらしい。……心が、ヨワイ。
「独り言か? 浸るなら余所でやれよ、坊主」
急に聞こえた誰かの声に肩が跳ねる。気配がなかった? いや、俺も油断していた。声の主は、月明かりの届かない暗がりに座っていたらしく、闇に慣れた目を向ければ体躯のいい男が一人こちらを見ていた。鋭い視線に獣のような眼。……背筋がぞわりとする。こいつは――……楽しめそうだ。
「久々にびっくりしちゃった。おにーさん強いでしょ? ……ね、俺とヤらない? ケンカ」
「あ? 独り言の次は寝言かよ。ガキはさっさと帰れってんだ」
「ガキは聞きわけが悪いんですー」
近づいて笑いかけた途端、何かが頬を掠めて後方へ抜けていった。男の拳だ。深くかぶっていたフードが今夜初めて背に落ちた。少し長めの髪が一瞬の風になびく。
「痛い目見たくなかったらどっか行けって言ってんのが、わからねぇか……?」
しっかりと腰を落としていたと思ったが、瞬きの間に立ち上がったらしい。そのまま僅かに逸らして威嚇してくるとは、なんとも素早く、正確。瞬発力もある。こんな奴に会ったのは驚いたこと以上に久しぶりな気がした。ぞくぞくする。これは興奮だろうか。こいつなら、もしかして。
俺は黙ったまま自身より大きな身体を見上げ、極力小さなモーションでさっきの奴らにしたように首をめがけて手刀をおくりこんだ。入る直前で受けられたが、掴まれた腕に体重をかけ勢いよく後回し蹴りをかましてやった。手は離されたがやはり多少無理な姿勢だったため特にダメージは無いらしく、驚いただけのようだった。小柄で細身、しかもガキの俺が本当にケンカをしようとしているとわかったからか、それでもまだ訝しげな顔をしている。
「坊主……お前、本気か?」
「坊主って呼ばないでよ。おにーさんにはちゃんと名乗るからさぁ」
その前にちょっと、と前置きをしてから今度はみぞおちを狙う。肘で脇腹を、脚で腰を、裏拳で鼻をと次々に攻撃を仕掛けるが全て受け流された。その間に反撃として繰り出された拳は危うく腹に決まるところだった。ギリギリのスリル。思わず笑顔になってしまう。
「うん、良い感じ! これは本当に久々のヒットだね」
「気味の悪ぃガキだな……しかも喧嘩慣れしてやがる、か」
「坊主でもガキでもないって。俺は…サクヤ。咲夜だよ、おにーさん?」
不意に笑みを消して懐に飛び込み肘を打ち込む。ようやくまともに入り、さすがに効いたのかグッと息を詰める音が頭上から聞こえた。だがこれくらいで終わるような雑魚じゃないことは馬鹿でもわかる。
「……っ野郎、やってやろうじゃねぇか」
目を狙われたため地を蹴って飛び退く。相手のリーチの長さには気をつけなくては。カウンターはまず難しいだろう。元々あまり得意ではない分そこに特別に不便さを感じることはないが。空を切る音を響かせる蹴りを身を軽くひねり腕の内側で受けるとジンとその部分が痺れた。なんて心地良い、懐かしい感覚だ。
何かしらの武術を心得ているのかそれとも経験が多いのか、逞しい身体からは大振りにならず無駄のない突きが繰り出される。見かけによらず綺麗な動きをしてくるが…こいつ、予想外の反撃をあびると途端にわずかな隙ができる。しかしそこを連撃して攻めても体重の軽さも手伝って落とせない。
二人分の激しい衣擦れの音が重なる。早い動きをすれば柔らかい衣服もパシ、パシと乾いた音を発するのだと知ったのはいつの頃だったか。そんな物思いをしながら姿勢を低くしたところにジーンズに覆われた膝が目の前に飛んできた。気付くのが遅すぎた。
「ぅぐ……っあ!!」
よろめいて地面に手をつくと今度は背中に鈍い痛みが走り、苦しくて上を向いた顔をつま先で蹴り上げられた。声にならなかった何かが喉から吐き出る。男は膝立ちの状態になった俺の胸ぐらを掴み引っ張り起こすと、ぐいと顔を近づけてきた。この距離で見るとそれほど年上というわけでもないようだった。
「まだやるか、あ?」
手加減をしてやった、という意味か。鼻が、顔面がじんわりと痛む。なんとか直撃を免れたとはいえ、やはり向こうの威力が大きすぎたらしい。もしかするとどこか痣ができているかもしれない。背か、腹か。どちらにせよ顔以外は攻撃をもろに喰らったのは確かだ。舌を切ったのか口内には鉄の味が広がっていた。
「血の、味がする……においも、少し」
「あぁ……?」
「ごめんね。俺やっぱりちょっと興奮してるのかも」
「……気味が悪いだけじゃなくて、気持ち悪ぃ奴。ボコられたいなら他をあたれよ。一方的なのはつまらねぇからな」
舌打ちをしたと思うと、投げ捨てるように突き飛ばされた。だが今度はふらつくことなくしっかりと着地する。すでに背を向け歩きだしていた男も、コンクリートを掠るザリという音に違和感を感じたのか、もう一度こちらを振り返った。どんな表情をしていたかはわからない。完全に目が合う前にその顔を殴りつけてたから。
不意打ちの突きだけでなく、接近を気付かせない動きにも衝撃を受けたのかしっかりと拳が入った。さっきのお返しだ。数歩後ろに下がったので、軽く飛び上がりそいつの顎を二連蹴りで上向かせ、晒された喉に得意の手刀をおくり…寸前で、止めた。
「おにーさんとなら本気でヤれそう……ねぇ、おにーさんも本気でキてみてよ。もうつまらないなんて言わせないからさ」
相手の目が一層険しくなる。突きつけていた右腕を離し、骨ばった拳を左手で受け止めた。さっきと同じようになんてさせない。さっきのスピードが俺の全力だなんて思うことは決して許さない。それだけ腕が立つなら、それくらいのことは嗅ぎつけておくべきだ。
(本気でヤるって言ったろ……?)
いつかのように楽しいと思える。血を舐めたのはあの日以来だからだろうか、口元が笑むのを止められない。
ネェ、早ク俺ヲ潰シテミセテヨ。
限界まで目を見開き飛びかかる。どこから攻撃しようと見逃さない、どんな防御よりも素早く叩き入れる。そうやって戦ってきた。それしか知らなかったから。
振りかぶらず腹の横で握り拳を作り、不規則なリズムで頬を殴りつける。両の手を組み脳天を沈め、下を向いた顔を膝で受け再び殴り、胸部に肘で抉るように一撃を入れた後は回し蹴りでふっ飛ばした。地面に半身を預けたその身体に近づき払い除けるように蹴ってやれば、男は苦しそうな呻き声をこぼし頬を冷えたコンクリートに沈めた。
「ぅ……っは、あ……。てめ、ぇ……」
喋るな、と言葉にはせず頤(おとがい)を強く踏みつけてやる。口を開くと、今まで呼吸を止めていたかのように体内にドッと酸素が入ってきた気がした。
唇が乾いている。目元が痙攣しているかのように痛い。軽い興奮状態だ。
「びっくりした? 全力出せば、たぶん体重差とかそんな関係ないんだよ、俺。今度はこっちが一方的になっちゃったね……でも俺は楽しかったよ。こんなに暴れたの本当に久しぶりなんだ……ふふ、最高」
信じられないものを見るような目が見上げてくる。あぁ、恐がらないで。もっと向ってきてよ。
「でもおにーさんならイけると思ったんだけどなぁ。やっぱだめだね、本気出さないからだよ。……それとも出してた? なら俺の勘が鈍ったってことかな?」
男が何かを言おうとしている。だが足はどけてやらない。もうのんびりあんたの言葉を聞いてやる気持ちにはなれない。
「ねぇ、足りないよ。もっとがんばってよ。早く……俺を倒して……?」
今のあんたにもう用はないから。自然と優しく微笑んでから、その顔面に渾身の力で踵を落とした。骨が折れる音がした。
足りない。こんなのじゃ足りない。誰か、誰でもいい、早くはやくハヤク。

 

俺をおかしくさせるくらいの狂気をちょうだい。

 

動かなくなったそいつを見降ろしてふと思う。
名前くらい聞いてやっても良かったな、と。

 

fin
…………………………………………
終わりました『月下、妖しく咲き誇れ』!!戦闘モノらしからぬタイトル!!(汗
咲夜という名前と彼の独特の妖しさからつけたのですが…うん、っぽくなさすぎだね(^^;
過去の経験と知識とその他を駆使して一日じっくりかけて必死で取り組んだ作品ですので、俺なりの精一杯が伝われば良いのですが…。しかしこれは殴り合いなのか。どうも一方的な場面が続いてしまい…っていうか主人公に謎が多すぎ…明かす気ないのバレバレなのに!!(オイ
だけどがんばったって言いたいです。言わせてください。
俺は逃げなかったつもりです。
…って何真面目に語ってんだ恥ずかし。
改装前は咲夜のイラストを載せてたんですが、絵が古いので置いてきました。いつか機会があればまた描くかな…?
自分が倒されることを望んでいるような、だけどただやられたいわけではない不思議な子。お気に入りです。
リクエストありがとうございました!!

 

(2011/2/25 加筆修正)
沙久