※この作品はBLです。苦手な方は本当にご注意ください。

 

『2600hitリクエスト〜愛(いと)し春風の君〜』

 

 

 

 少し古びたようなチャイムの割れた音が校内に響き渡り、授業の終わりを告げる。同時にやってきた昼時に朱里(しゅり)は誰よりも早く教室を飛び出した。片手には潰れかけた焼きそばパンを握りしめ、ちらほらと廊下に出てきた生徒たちを軽々とかわし、時には特に意味もなくふわりとジャンプをしてみたりしながら廊下を走り抜けていく。少女じみた顔は楽しそうに笑顔を浮かべている。大きな瞳は太陽も蛍光灯もすべての光を反射しているようにキラキラと輝いていた。朱里はその愛らしい容姿から、この男子高の中で一際目を引く存在だ。
 彼が勢いもそのままに角を曲がると、彼よりも大きな誰かに全身でぶつかってしまった。体重が軽い朱里はぐらりと後ろに傾き痛みを覚悟したが、その体は伸びてきた手に腰を支えられ難なく助けられた。
「……っと、マーチじゃん……さんきゅー」
「そんなに走らなくたって俺は逃げねぇよ。ってかマーチって呼ぶな」
 呆れたような低音は溜息まじりだ。朱里を真っ直ぐに立たせるとその男は肩にかかる長い髪をうっとうしげに後ろに払った。
「だって言いやすいんだよ、一番。なあ、昼飯一緒に食うだろ? オレお前を迎えに行くとこだったんだからな」
 知ってる、と口の端だけで笑うとマーチ……正一(まさかず)は朱里の栗色の髪を何度か撫ですぐそばの階段を親指で指した。屋上へ行こうと言うのだ。
 正一はなかなか名前を正確に読んでもらえずにいるのだが、大抵はしょういち≠ニいわれる。だが朱里が初めて正一に会ったときに「マサイチっていうのか?」……と異例の読み方を披露したことで、そこからマーチ≠ニあだ名をつけられることになってしまった。
 それももうかれこれ5年目となる。それは朱里と正一との付き合いの年数と同じだった。

 

「わあ……いーい天気だな! マーチ、貸切状態だぜっ」
 先に扉を開いた朱里は春の日差しに目を細め、見えないはずの風と戯れるかのように一回転をした。手に持っているパンなど放り出してしまいそうだ。子供のような喜び方を、正一は楽しそうに眺め静かに腰を下ろした。
「あれ、マーチ昼飯は?」
「もってきてた分は昼前にもう食った。金はねぇし我慢できないほどじゃない」
「ふーん……一口、食うか?」
 隣に座りすでに何口かかじっていた焼きそばパンを正一に向ける。正一はそれをしばらく見ると、朱里の小さな手ごと包み込むように掴み、パンの部分だけをそっと食(は)んだ。その様子を少し驚いたように朱里は見つめる。すぐに離された手にチラチラと視線を向け気にしながら、残りを一気に口の中に押し込んだ。
「……ゆっくり食えよ」
 フッと流し目を向け笑う正一に朱里はほんのり頬を染めると、益々焦ったように口の中のものを飲み下そうとした。軽くむせてからようやく一息つく。
「っとにガキ。……見てて飽きないよな朱里は」
「どーせガキだよ……」
 拗(す)ねたようにうつむこうとする朱里のあごを正一の長い指が捕らえる。目線を上げたときには、頬の辺りにねっとりとした熱いものが触れていた。
「な……っなにいきなり舐めてんだよ!!」
 至近距離に見る整った顔に体温と肩を跳ねあげた朱里をからかうように、正一は「パンのくずがついてた」と妖しく微笑むばかりで指を離さない。
「嫌か?」
「いや……っていうか、その……」
 もどかしげに目線を泳がす朱里を見つめる目は優しい。だがその口元は楽しげに弧を描いていた。正一はただ朱里の言葉を待って動かない。
「あぁもう……っ!」
 しびれを切らした、といった様子で朱里は正一を力いっぱい睨むと、自ら目の前にある唇に乱暴に自分のそれを押し付けた。触れ合わせるだけの幼い口付けに正一は笑みを深くする。朱里には、これしかできないのだ。自分からは。
 あいていた左手で朱里の後頭部を支えると、正一は歯を食いしばる恋人の唇の内側をそっと舌先でくすぐった。途端にふにゃりと力が抜け、口内への侵入を許す。そのままゆっくりと奥で縮こまろうとする舌を吸い上げれば、いつの間にか朱里の目は蕩(とろ)けていっていた。
「ん……ん、ぁ……っ」
 久々のキスに朱里もだんだん夢中になっていき、正一のシャツをくしゃりと握りしめる。小振りな腰をふるりと震わせ羞恥に頬を染める姿は、正一以外の誰も知らないものだった。
 まず二人の正確な関係を理解している者さえ少ないだろう。友達や親友といった括(くく)りのものはとっくに卒業していた。もうそんな枠には収まりきらないほどに、互いを求めてしまった。
「……も、ダメだ、マサ……昼休、みが……」
 切羽詰まった時、朱里は無意識にあだ名で呼ぶのをやめる。息継ぎの間に途切れ途切れに制止するが、その目は自分の中の熱を持て余しているように切なげに揺れていた。理性を取り戻しつつある朱里の脚の間に正一が手を伸ばそうとしたその時――……
 キーンコーンカーンコーン……
 やけにのんびりとした予鈴が響く。あと5分で5限目が始まってしまうということだ。
「……オレ、さぼりとか、嫌だからな」
 はふはふと忙(せわ)しなく呼吸をしながら口元を伝う唾液をぬぐった朱里は、真っ赤な顔で呟いた。今さらとはいえ恥ずかしさが込みあがってきたのだろう。そんな朱里の腕を掴み立たせてやりながら正一は小さく溜息をついた。
「……中々ここから先に進まないな。いっそウチに来いって言ってんのに」
「だだだだだだって……!!」
 眉を下げ手に持ったままだったパンの空き袋をぐしゃぐしゃと握り込みながらひたすら頬を赤くする。朱里は身体を繋げることだけは恐がり逃げ続けていた。
「責めてねぇから。……ちゃんと待ってる」
 優しく髪を撫でられ、朱里はぱっと表情を明るくした。くるくると変わるそれは、まるで子供のようだ。
 先に歩きだした正一の後を嬉しそうに朱里はついて行く。このまま教室に向かうのでなければ腕にしがみついてしまいたい、といった感じで背中がうずうずとしていた。
「言っとくけど」
「ん?」
「待ってる間も手は出すぞ」
 前を向いたままの冷静な声に一瞬ひくりと口を引きつらせた朱里だったが、口で何を言っても敵いそうにないので、正一の背中に流れる長い髪を無言で引っ張ってやったのだった。

 

fin
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…はい、というわけでまさかのBLでした、ね…。
間違って迷い込んだ方います?いたら本当にごめんなさいな作品でした土下座しときます。
しかも遠慮なく描写いれましたよ…最後までいってもおかしくないぐらいの勢いで書いたよハハハのハー!!(壊
まさかこのサイトにのっけるものを書くとは思ってなかったなぁ…リクエストされたら書けるもの一覧に確かに載せてたけど、まさか本当に言われるとはね!ね、蜂助さん!!(笑)
タイトルの「春風の君」は朱里を指してます。正一目線かな?
ちなみにこれ、正確には2610ヒットなんですよね(^^;
2600の時にカウンターが作動しなかった?ので半端な数字に。でもややこしいので端数は切りました(笑)

 

(2011/9/12 加筆修正)
沙久