「好きです!……なんか違うなー。好きです!! うーん……」
 鏡と向かい合う午前一時。
 二年四組、片山葵(かたやま あおい)君。あなたのことが、好きなんです。

 

『1600hitリクエスト〜空色ロマンス!〜』

 

 片山君は水色が好きだから、明日は水色のリボンを結んで。
 片山君は柑橘系の香りが好きだから、明日はレモンの香水をつけて。
 片山君は明るい女の子が好きだから、明日は飛びっきりの笑顔で。

 心の中で繰り返しながら、片岡さゆりは壁掛け時計を見上げた。こうして練習始めてもう二時間が経つ。もうそ ろそろ寝なくては、朝が弱いさゆりは確実に寝坊をしてしまう。しかしそう思えば思うほど焦ってしまい一向に思いつかないのだ。最後の最後、大事な言葉が。
「ああもう、なんて告白すればいいのー……」
 お気に入りのピンクのクッションを抱きしめると、大きなアクビがでた。

――……片山さん、大丈夫だよ。ほら落ち着いて――……

 言葉を間違えたり、手元を狂わせたりと、そうしたちょっとしたことでパニックを起こすさゆりに、柔らかな笑顔で励ましてくれる彼の声を思い出す。色素の薄い瞳を細めた表情を想うだけで、さゆりの頬が緩んだ。いつだって彼はそう言ってさゆりを助けてくれるのだ。大丈夫と繰り返して、魔法のように気持ちを軽くしてくれる。
「……そーいう優しいとこがいいんだよなぁ」
 さゆりのより少し大きな手のひらで優しく肩を叩いて笑ってくれる。クラスメイトである彼と話すようになったきっかけは去年の夏休みだった。家の庭先、あまりの暑さに打ち水のつもりで持ち出したホースの暴走によって、さゆり自身が頭からぐっしょりなってしまった時だ。さゆりの目の前で同じように呆然として濡れていたのが、犬の散歩中だった彼だった。顔を見合わせて、吹き出したのは同時だった。
「あの時から、ずっと――……」
 その先は、静かな寝息に溶けていった。

 

***

 

「……うそ―――!!!」
 次の朝、さゆりは付けっぱなしだった電気の下で悲鳴を上げた。結局何も思いつかないまま寝てしまった上に、完全に遅刻してしまう時間だ。時計は紛れも無く、8時10分を指している。クッションは抱きしめたままだった。
「え、うそうそうそうそ間にあんない……!! 制服っ寝ぐせっ香水リボン母さん朝ごはんいらないーっ!!」
 ドタドタと大きな音を立てて階段を駆け下りると、「何度も起こしたのよ!」と母親の怒鳴り声を背中に受けながら、さゆりは玄関のドアを体当たりする勢いで開け放った。

 

 キーンコーン……
 ようやく校門をくぐった頃、授業の終わりを告げるチャイムが聞こえた。遠距離通学者にとって寝坊は命取りだと深くため息をつく。電車一本違うだけでもひどい違いだというのに、いつもならもう半分以上の位置にいるはずの時間に家を出たのだ。間に合うなどという望みがあるわけもない。とりあえず走らなくては、と止まりかけた足をまた走らせた。
(あ、そうだリボン……)
 今朝は時間が無かったため、昨日の夜用意してたものをとにかくポケットに詰めて来たのだ。電車の中でやればよかったと後悔しても遅く、下足室を抜け中庭に面した渡り廊下に差し掛かったところで、慌てて手を突っ込み引っ張り出した。
「……あっ!?」
 ぐいと引き出したそれは、すぐわきの植木に引っかかってしまった。先を握ったままだったさゆりは勢いを急に止められてしまい、バランスの崩れるままにつまづいて正面から廊下に倒れ込んだ。一緒になって飛び出した物も、硬い床に叩きつけられ小さく音を立てた。
 身を起こすと、池になった液体がスカートを濡らしていた。
「……っ香水のビンだ……」
もう、メチャクチャだ。さゆりの瞳はじんわりと潤みだした。走ったせいで髪は乱れ、リボンは枝に引っかかり穴が開き、香水は割れてしまった。オマケに大遅刻ときてる。とてもじゃないが告白どころではない。
「片岡さん……?」
 細い肩をビクリと震わせて振り返ると、そこには驚いた顔をした片山が立っていた。彼が視界に入った途端、さゆりの目からパタパタと涙が零れ落ちてくる。
「え、ちょ……片岡さん?! どうしたの?!」
「ふぇ、え……片や、ま……く……っ」
 休み時間になっているため後から後から廊下を歩いてくる生徒にチラチラと見られ、それでもさゆりの涙は止まらない。ダメ押しだというようにこんな状態で片山に会ってしまうとは。
「とりあえず立てる? ……静かなところの方がいいよね」
 こくりと頷くと、片山に支えられゆっくりと歩き出した。背中に回された手には、混乱した頭は気づいていなかった。

 

「……大丈夫? ひざ、ちょっとすりむいてるね……保健室いかなきゃね。スカートも濡れてるし」
 ぐずぐずと鼻をすすりながら首を横に振る。彼の優しさに甘えていたい。割れた小瓶で切ってしまったのか太腿も痛い。だがこれ以上間抜けな自分を見られたくはなかった。
「片岡さんは何か一つ失敗があると、そこから焦りすぎちゃうんだよ。ほら、深呼吸。大丈夫だよ」
 向かい合って、さゆりより少しだけ高い目の位置を合わせて、安心してと微笑まれる。混乱しきっていたさゆりの頭がすうっと落ち着いて、そこに残ったのはただ一言だった。
「……すき」
「え……?」
「片山君が、すき……」
 さっきとは少し違う、静かな涙がほろりと落ちた。あれだけどうやって伝えるかと悩んでいたというのに、何も飾らない言葉が零れていった。今思った素直な感情が、零れた。 「すきなの……」
 もうほかに何とも言えなくて、さゆりは好きだと繰り返した。片山の優しく細められた瞳が自分を見ているとも知らずに堅く目を閉じ涙を流す。
「……ね、片岡さん。オレね、空が好きなんだ。前はそうでもなかったんだけど……そうだな、去年くらいからかな。なんでだかわかる?」
 突然振られた話にさゆりはぽかんと口を開いたまま、ゆるく首を傾げた。今、空が何の関係があるのだろうか。意味がわからないと目をパチパチとさせるさゆりを片山はくすりと笑った。
「やっぱ本人はわかんないか。……片岡さんに、そっくりだと思うんだけど」
「…私、に?」
 些細なことで一喜一憂して、表情がころころ変わって、明るくて――きれい。とろけるみたいな甘い笑顔で、片山はそう一息に言った。すこし遅れて、さゆりの頬は勢いよく染まっていく。流れていた涙もピタリと止まってしまった。
「オレが好きな色のリボンや好きな香りの香水用意してくれるところも、可愛いし」
 にこにこと笑う片山にぎょっとしてしまう。どうして気づいているのかと視線をさまよわせると、自分の手には水色のリボンが握られたままで、スカートからはレモンの香りが濃いくらいに漂ってきていた。ごまかしようのない状態に、自分が情けなくて仕方ない。これはさり気なく用意するつもりだった。
「そういう一生懸命なとこが好きだな。もう、可愛い」
「かかか、か、かたかたかたやま君?!」
 ああ、それなんだけどと、片山は楽しそうな口調で言った。さゆりには彼が何を言ってるのかもうわけがわからない。
「前から思ってたんだ、オレら名前似てるでしょ。呼びにくくない? オレのことは葵でいいよ」
 もう授業始まるから急ごうかと手を引かれ、さゆりの心臓は跳ね上がった。もしかしたらまだ布団の中で、夢の続きでもみているのではとさえ思うが、どくどくと走る鼓動がそれを否定する。
「片山君、手……っ!」
 振り返った片山は一瞬きょとんとしたあと、いたずらっぽく笑みを浮かべて握った手に少し力をこめた。
「だから、葵だって。彼女の手を握ったって悪くないでしょ?」
「……っ!!?」

 

予定外と失敗だらけの朝。さゆり自身もよくわからないうちに、ハッピーエンドが迎えに来てくれていた。

 

空色ロマンス!

 

(さゆり、急いで)
(い、いいいい今“さゆり”って……!!)

 

fin
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オワタ\(^p^)/
何がって、もう、すべて←
リクエストしてくださった柳さん、もうホントこんな「ゴミ箱にポイポイのポイっ」されちゃうようなものになって申し訳ありません…!!
時間かけたわりに全然うまくいかなくて、しかもリクは告白前夜のはずだったのに告白することがメインになっちゃったし…orz
王子キャラとか久々に書きましたよ、えぇ、苦手ですよ!!(泣)
ぬぅわあにが(訳:何が)「オレのことは葵でいいよ」だ、こんぼけぇ!!(訳:この大呆け野郎)←錯乱中
女名のせいで一瞬なんのことかわからんわ片山葵!!似た名前にしたのがわざとだというのも伝わりにくいんじゃ片山葵!!(←それは彼のせいではない)
…というわけで片山と片岡が似てるのはわざとでした、読みにくくてスイマセンでした…orz
もうぐだぐだですが、リクエストありがとうございました!

 

(2011/9/12 加筆修正)
沙久